3話
翌日の昼休み。
騒がしい教室の中で、僕は自分の席に座ってぼんやりとしていた。
昨日の放課後の出来事が、頭から離れない。
朝比奈さんとの勘違いの告白。
そして――突然のキス。
あれは夢だったんじゃないかと思いたいが、唇には微かな甘い感覚が残っている気がした。
「れーん!」
不意に、背中からポンと肩を叩かれた。
振り返ると、僕の彼女である白川結衣がニコニコと笑って立っていた。
「うわっ、結衣。びっくりした……」
「なにぼーっとしてるの?ご飯もう食べた?」
「うん。結衣は?」
「私も今食べたところ!ねえねえ、今日さ、放課後部活ないから、遊びに行かない?」
結衣は無邪気な笑顔で僕の顔を覗き込んできた。
「遊びに?いいけど、どこに行く?」
「このあいだのゲーセン!駅前の!」
「また行くの?この間も行ったばかりじゃん」
「だって悔しいんだもん!あのでっかいウサギのぬいぐるみ、三千円も使ったのに全然アームが掴んでくれなかったんだよ!?絶対設定おかしいって!」
「まあ、クレーンゲームなんてそんなもんだろ」
「今日は絶対リベンジするからね!蓮も手伝ってよ?」 「はいはい、わかったよ」
プクッと頬を膨らませる結衣がおかしくて、僕は自然と笑みがこぼれた。
そうだ。僕には結衣がいるんだ。
昨日のことは何かの事故だ。早く朝比奈さんに誤解を解かなくちゃ。
「じゃあ、放課後一緒に帰ろ」
「うん。待ってる」
満足そうに笑った結衣と別れ、僕は準備を整えて次の授業の移動のために教室を出た。
ニコニコとした気分のまま廊下に出た瞬間――。
「……」
僕の足は、ピタリと止まった。
廊下の壁に寄りかかり、腕を組んでこちらをじっと見つめている女子生徒がいた。
朝比奈怜奈だった。
いぶかしげに目を細めた彼女の視線が、僕を射抜いている。
昨日の、屋上での出来事がフラッシュバックして、心臓が跳ね上がった。
「あ、朝比奈さん……」
「今日、白川さんと遊びに行くんだ?」
「えっ……あ、うん。まあ……」
「ふーん……」
朝比奈さんは、ツカツカと僕の目の前まで歩み寄ってきた。
周囲には他の生徒もいるのに、彼女は構わず顔を近づけてくる。
ふわっと、昨日と同じ甘い香りがした。
「ねえ」
「な、なに……?」
「私と付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「っ……!?」
心臓が止まるかと思った。
周りに聞こえるんじゃないかと冷や汗が噴き出す。
「朝比奈さん、そのことなんだけど……!」
「なに?」
「本当は、昨日のあれ――」
「おーい、蓮!怜奈!」
僕が言いかけた言葉を遮るように、能天気な声が廊下に響いた。
振り返ると、親友の涼介が小走りでこちらに向かってくる。
「怜奈も移動教室?一緒に行こうぜ!」
「……うん、いいよ」
朝比奈さんはスッと僕から離れ、涼介に向けていつもの笑顔を作った。
「……」
どうしよう。
涼介にはまだ話していない。涼介にどう説明すればいいんだろう。
親友の好きな人なのに。涼介は何も知らずに、朝比奈さんに嬉しそうに話しかけている。
僕はどうしたらいいんだ。
でも……さっき僕を見つめてきた朝比奈さんは、息を呑むほど美人だった。
――いや、そんなこと考えてる場合じゃない!
早く誤解を解かないと、取り返しのつかないことになる。
「朝比奈さん、ちょっと話が……」
「……どうしたの?」
朝比奈さんが立ち止まり、涼介も不思議そうに僕を見た。
「おい蓮、どうした?もう移動しないとチャイム鳴ってマズいけど」
「いや……その……」
涼介のいぶかしげな目と、朝比奈さんの探るような視線が僕に突き刺さった。




