表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/52

要塞都市

大決戦の数日後、王都ルミナリアの郊外に、信じられない光景が広がっていた。

牧歌の丘に、鋼鉄の梁が立っていた。石と漆喰の古い家並みのあいだを太い管が這い、その上を、鉄の翼が資材を吊って横切る。リラの故郷の低い藁屋根の納屋のとなりに、戦火の連邦から渡ってきた魔力炉がそびえ、夜になると青白い光を吐いた。混ざってはいけないはずの二つの世界が、継ぎ目もなく、ひとつの街として立ち上がりつつあった。

防壁が築かれ、宿場町が建った。ガルドスは東の山脈へ落ちたきり、まだ討たれていない。だからこの街は、戦のための備えを抱いたまま生まれていく。

防壁の隅には、あの夜のダーナが、眼の光を落としたまま静かに立っていた。誰も、撤去しようとは言わなかった。

「ここは、私たちが現実を生き抜くための、新しいおとぎ話の始まりの場所だわ」

リラは、誰にともなく言った。胸には、口の開いたカバンを抱えていた。

軽かった。

指を底へすべらせると、縫い目に触れた。いつもなら、そこには硬い背表紙の角があった。民を守る王女の挿絵本。世界をおとぎ話として読むことを教えてくれた、エルマの薄い本。戦士が故国へ帰る話。三冊とも、もう、なかった。あの夜、最後の一冊まで、自分の手で空へ送った。白いページが、一枚ずつ言葉を失って、風にほどけていった。

「おとぎ話では——」

言いかけて、リラは口をつぐんだ。語るための本が、もう手の中にないことを、指がまだ覚えていなかった。

物語は、戻ってくるだろうか。目の前のものを片端から美しい嘘に変えていく、あの癖は。失くした本といっしょに、あの夜、消えてしまったのだろうか。

分からなかった。

混ざりあって生まれていくこの街を見ていると、胸の奥が、かすかにうずいた。これを語る言葉が、いつか自分の中から出てくる気がした。本によらずに、自分の声で。その予感に名前をつけるには、まだ早すぎた。

リラは空を見上げた。

藍の落ちかけた夕空に、規則正しく並ぶ光があった。星にしては、整いすぎている。けれど星でないなら何なのか、どのおとぎ話にも書いていなかった。

きれい、と思った。それだけだった。

* * *

カイは、少し離れた足場のうえから、その娘を見ていた。

リラはカバンを抱えたまま、何が楽しいのかひとりで笑っていた。街の喧騒にその声が紛れていく。

最後の一冊まで送り出したあの夜から、こいつは一度も泣かなかった。そのかわりに、今、笑っている。

「お前は本当に、どこまで行っても根菜スープだな」

聞こえるはずのない距離で、カイは言った。

リラがふいに振り返った。聞こえたのか、目が合っただけなのか。カイは、いつもの癖で視線を虚空へ逃がしかけて——やめた。逃がさずに、その顔を見返した。

リラが、笑った。農場で初めて根菜スープを差し出してきた、あの朝と同じ顔で。

混ざりあう街の上に、夕闇が下りていく。鋼鉄と石と藁屋根のあいだに、ひとつ、またひとつと灯がともる。整いすぎた空の光は、誰にも名を呼ばれないまま、その夜もただ、静かに並んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ