357 告-一
どうぞ。
上申は、受け入れられた。
「ずいぶんと話を進めたな。お前は叔父上に似て、好きなことにはいくらでも力を尽くせるタイプだと思っていた。任せて、正解だった」
「ありがとうございます、兄上」
「例の「財田案件」についても、俺のところには話が上がってきていない。もう少しトラブルがあるものと思っていたが、よく納めた」
「それは、彼女らの力です」
長兄にして本社の後継者「墨帖凱興」は、彫りの深い顔にメタルフレームの眼鏡という、あまりに威圧感の強い顔に……ふっと笑みを浮かべた。
「やはりお前はいい、人の力というものをよく分かっている。自分の使い道もな」
「そういう言葉で言ってほしくはありませんが、まあ……」
「それでいい、人の情を捨てることなど誰にもできん。自分を収める場所を見つけたのなら、それが幸福だ」
「僕も、そう思います」
「そうだろう」
冷徹なビジネスマンと見えるこの男は、それなりに何かをやらせてから判断するタイプである。身内の情はあり、できる仕事はさせる……人の使い道はある、という前提に立っているその優しさは、愛情たっぷりに育てられた証左であった。
「それで。こちらは何人押さえた? 三人だったか」
「はい。新商品七つに対してこちらが三人、ひとりはフリー状態に声をかけた形になります」
「ぎりぎりで、やりすぎにはならない程度か」
十月下旬の企業展示会は、いくつかの企業による広告戦略であり、そこに派遣される人員として誰を選ぶかもまた、戦略のうちに入っている。毎度のように同じ企業に使われる、という強いつながりを感じさせることは、本人にとってプラスにならないとされることが多かったが……取り合いになる人材は、先に確保しておくべきだろう。
そして、何より。
「協賛企業に「ゲンゾーキネマ」の名前がある。この件は、お前に一任する」
「分かりました。マイナスにならぬよう、心掛けます」
夏の「にごフェス」と同じく、フィノミナ関連の事件が起こることが予測されている、ということである。
「……俺には“あの日”の記憶はない。今一度訊くが、与市。今年は、八月三十一日の次に八月三十二日があった……間違いないか?」
「はい」
「ふむ。そして、あの事務所の面々とお前の恋人が、それを収めたと」
「そうです」
「それを、お前たち以外は覚えていないと」
「特異体質のようで……」
才能があるようだ、と占い師のような女性に言われたことを思い出す。祖母もまた、与市にだけは自分の力のことを明かしていた。
(特異体質、というよりも……僕は)
鏡で見る瞳の色と、写真に写る瞳の色が違う。高校生になってからしばらくして、気付いたことだった。目の前にいる兄にしか頼れまいと相談し、父には内緒で受診したが、結果は「健康そのもの」だった――悪夢を見るようになった時期と、祖母がお付きのメイドを付けた時期にも重なる。
「では、失礼します」
「ああ」
部屋を退出し、暗くなった夕景と、窓ガラスに映る自分を見る。
(何に、なってしまうんだ……)
愛する彼女と鑑合わせにするように、左目が。
紅く、輝いていた。




