340 前略、愛しいあなたたちへ(3)
どうぞ。
喫茶店で楽しい時間を過ごしたあと、墨帖さんがよく来ているという商店街に向かった。私はいつも駅ビルの方に向かっているけど、こっちの方の商店街もたまには来ている。雑然としていていろんなお店があるから、こっちの方が好きな人も多い。
「ここは本当に色々なお店がありましてね。その場でカップルTシャツを作ってくれる店もあれば、古美術商もパワーストーンのお店も同じように並んでいまして」
「墨帖さんが行きたいところ、まずは行きましょう?」
「では、果物を図案化したグッズを作っている会社の直売店に」
「えっと……それって、私たちのとこと似たような、出資してる企業ですか?」
それもありますが、と青年は微笑む。
「僕の好みです」
メインの通りをずんずん進み、けれどそこから外れて少しだけ距離を置いた喧騒が聞こえる中で……果物の輪切りやいろんな剥き方をデザインに起こしたような、不可思議なバッグやコースター、マグカップやらソーサーやらが置いてあるお店があった。しかも、バリエーションが多いのか、けっこう大きいし二階もある。よく見ると四階まである。
「あらぁ、若様! いらっしゃい、今日も来てくれたの?」
「彼女に、ここを紹介しようかと思いまして」
「彼女さん! 助かるわぁ、もう堅物でムッツリで、付き人でどんなふうに欲望を発散してるんだか、心配だったのよー」
「揺城赫祢です」
「あらごめんなさい、わたしは戴樹四巨。この「総合会社ユグドラシル」でデザイナーをやらせてもらってるの」
タイジュ・ヨツコさんと名乗った女性は、私と同じクラゲ系コーデの人だった。大人の色気がさざなみのように押し寄せてきて、すごくパワーで押し負けている気がする。黒系がきっちりかっちり似合う、すごくオトナな人だった。鼈甲のメガネにクジャク色のルージュ、泣きぼくろという濃すぎるビジュアルをしている。両目に琥珀色のカラコンを入れているところも見ると、かなりの趣味人のようだった。
「あら、でも……このお年で連れてきちゃったってことは、奥様候補なのかしら? もう決定?」
「僕としては、そのように考えています」
「あらあららー。アカネちゃんね、覚えとくわ。ところでちょっとスカートめくっていいかしら」
「へっ!? えっと、どうしてなんでしょう……」
「我慢できないからめくるわね。あっやっぱり! うんうん、クラゲ系女子にハイレグ、鉄板の組み合わせよねー!」
墨帖さんでも止められないのか、笑顔のなりかけで凍り付いている。
「失礼したわね。ありがとう、いいもの見たわ!」
「あー、どういたしまして……?」
男の人だったら素直に膝蹴りしても許されそうだけど、ここで蹴ったら墨帖さんの立場も危ない気がして、ちょっと動けなかった。
「うちは初代様……ちょうど若様の代で十二代目なのよね、墨帖繊維工業は。その頃からお付き合いがある会社でね、この「総合会社ユグドラシル」。青果店のアルバイトくんが、ちょっとしたグッズを作れる器用な子だったのが始まりらしいわ」
「それが、こんなにたくさん出すような会社に?」
「本業は今でも青果店で、テナントで出してるところの方が多いわね。ただ、どこの工場でもラインそのまま安く作れるグッズがいちばん儲かってて、その部門の売り上げでいろいろやってる分がね」
「僕はその“いろいろ”の部分が気に入っているんですが……一般的な見方で言えば、足を引っ張っているとされてもおかしくはないでしょうね」
もともとが財団だったこともあって、墨帖さんの会社はそういうところに出資することもあるらしい。
「それで、いろいろって?」
「果物の品種改良や新規開発、開拓。それに、「二階のもの」のような……購買層がニッチで、あまり売り上げが見込めない製品です」
「夫婦茶碗も売ってるけど、そういうのは結婚後でしょ? さっそく見に行きましょう」
「え、えぇ……」
二階への階段を登り切ると、そこには、一階の面積と変わらないくらいの広い売り場があった。一階よりずっとお客さんが多い……しかも、そこにずらっと並んでいるのは。
「これって、フィギュア? ですよね」
「ええ、そうよー。最初は果物だけだったんだけど、ネタ切れして植物全般に手を伸ばしたわ。見て、これはメロンをイメージした子よ!」
武器を持った美少女アクションフィギュアを示して、ヨツコさんは鼻息荒くドヤ顔で言う。
「関節の可動域をしっかり確保すると、どうしてもハイレグ部分が見た目に削れて見えるの。そこをこう、こうやって! 角度深め、ジョイントの可動域もしっかりめにできたのよ。ここは工場のお兄さんたちの方が詳しいから、知りたかったらあっちに行ってね」
「あっはい」
「好きなだけ見ていってね。彼氏の趣味……ってほどでもないみたいだけど、そういうのに理解ある女子はモテるわよ!」
「はっ、はい!」
それは確かに、と思いつつ墨帖さんの説明を聞く。
「……まあ、その。そこまでマニアというわけではないのですが、ご存知の通り、僕の性癖は「前からしっかり見えるハイレグ」でして。デザインも秀逸ですので、写真展に参加する程度に嗜んでいます」
「謙遜しますねー……」
それは全然「程度に」じゃない気がする。
「じゃあ、墨帖さん。いちばんのお気に入り教えてください、私の家にも置きます!」
「……はい」
その一秒くらいの葛藤にどういう思考が巡っていたのかは分からないけど、私は売り場のお兄さんに「アルカネイア・ウィティス(ロストオーダー)」のフィギュアを持っていった。
「ユグドラシル・ネイションズ」
某有名トイメーカーのフィギュア部門の中でも、青果店をメインとする「合同会社ユグドラシル」、財団を基盤に服飾や繊維工業を手掛ける「墨帖繊維工業」などの企業が関わるブランド。同名の植物を擬人化した美少女フィギュアが主力で、アクションタイプとスタチュータイプの両方を売り出している。ゲームやアニメ、リアルライブなど手広く展開しており、ジオラマ模型に毎度応募している謎の()「黒塗りの矢ニキ」など、濃いファンが多いのも特徴。
デザイナーを複数人抱えているが、個々人で性癖がはっきりしすぎているため、「信者でも全部揃えてるやつおらんのちゃう?w」という辛辣すぎる評を受けることもしばしば。平均的に出来が良いものの、なぜか販売されている敵「ヴァーモン」も本気でデザインされているため、売り上げで負けることがあるというよく分からない界隈である。海外の評として多いのは「民族衣装ちゃんと着せてくれるからすき♡」とのこと。
モデルとなったのは……と言いたいところだが、筆者はぜんぜんフィギュアを持っていないので、某有名トイメーカー(すっとぼけ)がどんな商品を出しているのかはあまり詳しくない。元ネタと言えそうなのは『プラントピア』だろうか。フィギュアシリーズのメインストーリーってどこの媒体でもほぼ読めないのにある前提なのが「存在しない記憶」っぽくて好き(意味不明)。フィギュア世界転生ってあんまりないよね……誰か書いて?




