339 前略、愛しいあなたたちへ(2)
本作の評価ポイントが1000ptsを突破いたしました。あまりウケのよくない作風かつクセの強い文体であるにもかかわらずのご愛顧をいただきまして、誠にありがとうございます。これからもお楽しみいただけますよう、努めて参ります。
ではいつも通り、どうぞ。
墨帖さんの行きつけのカフェは、緑に覆われた無骨なところだった。何十年かけて用意したのか、こういう物件がもともとあったのか、いくつもの種類のつる植物で覆われている。もっと別の物件だったところを、オーナーなりが買い取って改装したのだろうか。
「よかった、平日だからかなり空いていますね。座りましょう」
「いい匂いですね……歴史、感じます」
小さなテーブルに向かい合って座り、足元にあったかごにポーチを入れる。墨帖さんのバッグも入れると、こいのぼりの夫婦みたいな配色になった。
「ああ、メニューを見ないと――」
「いらっしゃいませ。墨帖さん、今日は彼女連れですか」
「ええ、まあ。木苺のムースは、今日はありますか?」
「タイミングばっちり、ちゃんとありますよ」
カフェオレを少し甘めに、それから塩クッキーをと注文した。ほんのりと薄く微笑む、ものすごくきれいな人を見送る。
「あの人って、男の人なんですか?」
「どちらなんでしょうね……背が高い女性が、かためのシャツを着ているようにも見えますが。僕もよく知りません」
少しだけ汗をかいていたからか、水を少しだけ飲んで、墨帖さんは一息ついた。
「初めてのデートにあたって、兄や姉にアドバイスを仰ぎまして……。アイスブレイクの応用として、まずは自分の好きなものを知ってもらえと、そのように言われました」
「あー、大学で聞きました。お互い好きなものを語ってみて、表情とか言葉遣いとかも良くなるから、仲良くなりやすいとか?」
「ここは雰囲気も良くて、美味しいところです。あなたに、僕の好きなものを知ってもらいたい。そう思って、ここへ」
「ふふふ。ありがとうございます」
木の匂いと緑の匂い、コーヒーの匂いと小麦粉の匂い。マーブル模様のグラデーションが、ひとつ風が吹きすぎるごとに揺らいで、つねに新鮮さを保っている。あんまり時間の必要なメニューはなかったからか、すぐに注文が届いた。
「こちら、木苺のムースふたつと塩クッキー、アメリカンとカフェオレです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます……おや」
「オーナーの趣味ですよ、これも」
「まったく……。いる日もいない日も、面白い人だ」
ムースについている小さなスプーンは、持ち手が小さな矢みたいな形になっていた。それよりも――
「おっきい、ですよね? 大きくないですか?」
「ここのオーナーは、かなり大柄な男性でね。彼が食べたいからと彼基準で作らせたメニューは、どれも大きいんですよ。そういうところもここの魅力です」
塩クッキーはパーティーメニューとしてふつうの分量、一口サイズが六枚で小さなお皿だったけど、ムースはお味噌汁くらいの大きさだった。確かにこのくらい欲しいなと思ったことはあるけど、さすがにちょっと大きい気もする。
「それに、この矢のスプーンとフォーク……。確か海外のブランドのもので、商品名が「エーロース」だったかな」
「愛の女神でしたっけ?」
「その息子ですね。アフロディーテとエロス、ヴィーナスとキューピッド。要するに「仕留めてしまえ!」ということ、ですか」
「そんなー、腰を抱くくらい近いのに矢を向けるなんてー。刺さる前に溶けちゃいますよ?」
冗談めかして言ったのに、言葉が途切れた時間に微笑みだけが残っている。
「僕たちには必要ありませんが、お気遣いは受け取っておきましょう。いただきます」
「い、いただきます……」
カフェオレをすすって塩クッキーをかじり、ゆったりと上品な食べ方をする墨帖さんを見る。美味しいものを食べて嘆息するその顔は、いつもの大人らしい彼と、好きなものを好きなように食べられる少年めいた無邪気さの、両方が見えた。
「墨帖さんも、クッキーどうですか? 塩分補給に」
「ああ、僕を気遣ってくれたんですか? ありがたく、いただきます」
「いえいえ。私も食べたかったので!」
「ここのクッキーはね、ランダムにナッツが散らしてあるんですよ。僕は……これ、ピスタチオがいちばん好きですね」
「私はペカンかなー。カロリー高いですけど」
「ははは、確かに。今日は申し訳ないが、チートデーだとでも思って付き合っていただけると助かります」
表情を見て、そのすごくロジカルな言葉がジョークなのだと気付いた。
「んもー。墨帖さん、あんまり冗談言うのに向いてないですよー」
「おや。性に合わないことをすると良くありませんでしたか……」
よく見る苦笑を見て、ああ、この人も緊張していたんだなと思った。すごく落ち着いてリードしてくれているみたいだけど、いつもと違って冗談を言おうとしたり、へんな理屈をこねたりし始めている。
「ムース、すっごく美味しいです」
「それは良かった。好きなものを共有できるのは、とてもいいことですから」
モデルになったカフェは山科だったか二条だったかにあるとこです。私は風景を映像で覚えるたちなんですが、微妙に道中が記憶に残ってなくてわからぬ。ナッツ散らしたクッキーなぁ……アレルギー表示があんまりに煩雑すぎるんで、出せるとこほぼないと思う。ので出した、食べたい。




