338 前略、愛しいあなたたちへ(1)
予告していた通り、デート回です。
どうぞ。
待ち合わせ場所の蚕両駅には、電車の時間の関係で三十分前に着いた。定期券の料金内に収まっているから、改札を難なく出て大きな柱のところで待つ。ここが舞台になっているアニメの広告があったので、ちょっと角っこに移動して、広告の邪魔にならないようにした。ここなら、改札と外のどっちからでもよく見える。
自分の胸の音と足音が、同じくらいの音量に聞こえた。今さらになって、あの人はこれに満足してくれるのかな、なんていう気持ちが湧いてくる。ちょこんと乗っただけのクランベリー色の帽子がちょっとだけズレている気がして、すこーしだけ整える。けっきょくズレているのか正しい位置なのかはよくわからない。
ちゃんとハイレグだけど、スリットから見せるために、ひらりとしたスカートが付いた水色のボディスーツは……縦方向にリブが走っていて、縦セーターみたいだった。ストールみたいな面積しかないのに、袖はふわっと広がったジャケットで肩だけを守っている。こっちは袖の方にだけリブが走っている。下は斜めにズレるのが正しい紺のフィッシュテールで、今日はあえてガーターベルトもパニエもなしの、完全に生足で行くことにしていた。
ショートブーツだけちょっと保険みたいになってしまったけど……特撮でもよく見る「ヒールで転ぶ」なんて、新体操をやってる人にとってはかなり危ないことだから、そういうところもある。ファッションのクラゲ系は地雷系とか甘ロリとかの系譜だけど、行動まであざとくなっても私じゃない気がする。
そんなに都会でもない蚕両駅に似つかわしくない、足早な重めのスニーカーの音が聞こえたかと思うと、少しだけ困った顔の墨帖さんが早歩きに急いで来ていた。どうやら、自分の車を近くの駐車場に停めてきたようだった。
「遅れました。こういうものは一時間前集合だと聞いたのですが……」
「ふふっ、そういうのはほら、誇張表現ですよー。社会人は五分前でもだいじょうぶなんですよね?」
「ええ、まあ」
「あ、剃り残しある」
スーツみたいな服をやわらかめのジャケットで覆って、シルエットを優しくした服装は、なんだかすごくこの人らしくて安心した。何度も見た精悍で彫りの深い顔のあごには、端っこにつんと出た鋭いひげがある。兄は無精ひげが長くなって汚かった時期があるし、お父さんもけっこうチクチクひげになっていることがあるけど、こういうのはあんまり見たことがなかった。
つついたりなぞったりしてみよう、と墨帖さんのあごに触れて、するっと指をすべらせる。困惑しつつ避けない彼は、「ああ……」とちょっと悲しそうな顔をした。ちゃんとすべすべした肌とチクチクひげの境界線が、全身をとろかすような雷で私を貫いた。
「んっ、……」
「引っかかりましたか? 刺さっているようなら、すぐに……」
「ん、大丈夫ですよー。ほら、ケガしてませんから」
「本当ですか? どれどれ……」
急いできたからか少しだけ汗ばんだ手が、すごく熱い。自分の手がどのくらい熱いか分からなくて、「えいっ」とむにむに握り込んでごまかす。
「なーんてー。冗談ですよ」
「そうでしたか。きれいな手で、安心しました」
「んもー、すぐ褒めるー。バレンタインでチョコもらったりとか、ほんとにしてないんですか?」
「あるにはありますが。お菓子言葉をきちんと調べたうえで、お断りのアイテムをお渡ししました」
「わあ……」
「さ、歩きながら話しましょう」
中学や高校のころは、兄たちが何人もの女性を侍らせているのを見て、恋愛は汚いものだと思っていたらしい。
「兄の部屋に行ったときに、三人くらいでしたか。女性が水着姿で兄に迫っているところを見てしまいまして。上の兄と違って、かなりフランクに話してくれる人だったので……漫画の悪役のようなことをしているところに、かなりショックを受けました」
「お兄さんたち、全員そんな感じなんですか? というか、何人兄弟なんでしたっけ」
「上から男女男男男、僕が四男の末っ子です。今言った兄は次男ですね」
後継ぎ筆頭のエリートオブエリートな長男、凛とした美人ですでに嫁入りして他家にいる姉、女遊びの激しい次男と趣味人の三男、そして彼がいるということだった。
「とはいえ、僕も男です。女性に興味を持つことも、性癖が芽生えることも止められず。あなたがレオタードの上に何か羽織っただけの姿で走り回っているところを見て……いえ、あれが何だったのか、お聞きしてはいるのですが」
「素直に言ってくれるんですねー。今日だって、中まで全部見てもいいんですよ?」
「今夜はお互い予定がありますから。つまらない理由でお断りしてしまって、申し訳ない」
「あ、あはは……私も心の準備そんなにですし、言ってみただけですよ」
交差点にもそんなに人がいなくて、仕掛けるのにもそこまでためらいはなかったけど……こうしてきちんと言われると、鼓動がどんどん早くなっていく。
予定があるから、と――
――予定がなければ、と。
「それで墨帖さん、予定はお任せしちゃったんですけど、どこに行くんですか?」
「よく行く喫茶店に行ってから、にぎわっている商店街に行こうと思っています」
「行きつけですね!」
「まあ、そんなところですね。個人的に気に入っているところです」
青に変わった信号の鳴き声を聞きながら、すこし早く歩き始めた、頭ひとつ分だけ高い背を追いかけた。
私は女性とデートした経験はないです(断言)。なので、このパートは完全にフィクションで、友人たちと出かけて楽しかった時間のアレンジになりますね。私のリアル友人が見たら「これあのときのアレやんけ!?」ってなるかもしれんが……ま、別にいいか。
ちなみに言っとくと、顔だけモテてるド変人だったので、そういう感じの「変人キャラと恋愛したら」的な妄想に使われてるネタだったようで、バレンタインとかもまったくでした。そこなんかこう、もうちょっとあっても良くない? まあ「陽キャ配布チョコとかいらねー」的なトガったこと言った私も悪いとは思うんですけども。




