328 第二:「王編十六章が十一・“忘却の大河を逝く蒼の花弁”」(3)
どうぞ。
そこは、砂の大地ではなかった。吹きすさぶ熱風、関連する感覚が半分以上もカットされていてなお不愉快な砂ぼこり、歩いているだけでHPが削れる異常な寒暖差――どれも存在しない。
「きれいなところね。明らかに「外なる世界」じゃなければ、おデート♡に来るのにちょうどよさそうなんだけど」
「たしかに、ロケーションはいいな。配信で散歩するにも向いてそうだぜ」
チャイナドレスの巨漢「るるラ♡ヴ」の言葉も一理ある、と思わせるほどに、砕けた月の浮かぶ夜の花畑は美しかった。ココアのようにとろりと濁った夜空には、ひとつも星が浮かんでいないが、地上には色とりどりの花たちが咲き乱れ、ほんのりと光を放っている。寒々しい色のチョウが舞い、あちこちに突き立つ岩はまるで氷のように透き通っているが、気温はあくまで涼しい程度で収まっていて、快適だ。
ホバークラフトから降り、周囲を警戒しながらゆっくりと進む。岩を半ばから断つことを繰り返し、来た道をたどる目印を作りながら、どこかにいるはずの敵を探した。仕掛け人である「王編十六章」が見つからなかったとしても、モンスターが一体もいないことはまずあり得ない。
(……まあ、このゲームのみならず、シミュ産は虚無マップが多いが。だだっ広いのをただ歩かされてボスにたどり着く手抜きマップは、前提イベントとストーリークエストが絡んでいないとまずない)
ほとんどのマップには、はっきりしたストーリーは用意されていない。NPCや陣営に関するクエストは、街中やそこにほど近いダンジョンで展開されるため、フィールドマップや通常ダンジョンは「そういう場所」としか認識されていない。
「何かいそうなのにね。いや、いるのかな? 空に何かいるけど、降りてこない」
「あんなに大きいものが、か。大きすぎるように思うが」
ふいに、足音の響き方が変わった。土の地面ではなく、敷き詰めた木材か何かを踏むような、少々頼りない音が聞こえてくる。
「……「虚獣」、か」
徒歩ではなくホバークラフトであれば、さっさとこの警戒網に引っかかって、敵が出てきていたのだろう。警戒して進むだけ無駄だった……先ほどまでは前哨戦どころか門前だったのだ。
「見たところ、入れたか抜いたかって感じだな」
「入れ替えた、の方がしっくり来るな」
砂漠にいたサソリとかなり似た形の、液体の塊。花を摘み、絞って作った色水をサソリの形に固めたような、手抜きが一周回って凝って見えるモデリングのような代物だった。虚獣の振り上げたハサミを、ロッコンは拳で受け止める。
「ふんッ!」
「拳はどうだ」
「傷ついてるなあ。こいつ、相当だぜ」
「すごいわね、今のロッコンが?」
いわゆる「塔ゴリ」、全ステータスを満遍なく上げた【賢者】の〈格闘家〉であるロッコンは、防御力でいえば、ダメージを受ける必要があるディリードよりもはるかに固い。「BPB」で前衛を務める二人は、どちらも攻防一体の戦士だが、ロッコンは真っ当に防御を固め、真っ当に攻撃をするスタイルである……装備の防御力こそ低いが、フィールドにいるモンスターごときの攻撃はものともしない。
差し込まれた尾に刃を振るうが、こちらもグワンッと音を立てて反発する。
「闇属性、か。なら、俺たちは防御だけになるな」
「うんうん、了解……効き具合悪かったらどうする?」
「殴り倒す。それに、俺にも光属性は使えるからな」
「いいねぇ」
機械鎧の肩が変形し、レーザーカノンが出現した。バシュウッ、と発射したそれは、サソリの脚を大きくえぐった。
「試し撃ちってほど手加減したつもりないんだけどなあ。ちょっと……準備しっかりやって出直そっか」
「そうだな。ボスも危険だろうとは思っていたが、これは無理だ」
これまでのゲームでもよくあった、極端なまでの属性相性による冷遇、そして接待は、MMOではそれほど多くない。とはいえ、これもまたゲームの常だ。
(まあ、いい。俺たちの勝ち負けよりも、彼女がどう魅せてくれるかの方が重要だ)
三日月の刃でサソリを切り刻み、ディリードはきびすを返した。
ネトゲはギミックボスばっかりなので、むしろ初見で勝てるボスの方が少ないまであります。というか、最初に挑んだ人が相手の動きとかデバフ効果とか解析してからこっちの動きを詰める、装備を整えるってのがふつうの流れ。まあつまり何が言いたいかって言うと、ネトゲ的には「トッププレイヤーこそ負けまくってる」ってことでして、負けたから弱いってわけじゃないという言い訳です。ぶっちゃけ今回は、魔法使いさんが来てなかったのが悪い。




