322 第五:「天空大聖剣ウル=グランザー」(1)
どうぞ。
その“剣”は、太古の昔より存在し、人々の記憶にも強く残っていた。しかしながら、それが剣であると主張されたために、伝承はかなり現実と異なったものとなっている。順番に挙げていこう――
・それは遠き空よりもたらされた剣である。
→真。
・それは人とともに戦った兵器である。
→真。
・それは人の形をし、人と共存していた。
→偽。
・それは少女と絆を結び、子を成した。
→真であり偽である。
なぜ、そのような偽りが記載されることとなったのか……それは、かれが主張する言葉を少女が余すことなく伝え、しかし証拠がどこにもなかったからである。戦いを終えた英雄として記録を伝えた少女は、まだ九歳であった。彼女の言葉がすべて真実であっても、それを上手く伝えることができず、かつ大仰に伝わりすぎたため、後世に残った伝説はところどころがちぐはぐなものになっている。
遠き空より訪れた「人の形をした剣」が、親を失った幼子を育てながら放浪し、大人になった少女と子を成して天へと去った。このような意味不明かつ倫理的にも危うい伝承は、しかしもっとも正確なものとされていた。
真実がどうであれ、それに気付くことができるものはいない。
――いない、はずだった。
タウルヴァンス大陸の砂漠に点在する小さな村は、流刑人やあぶれ者が作ったコミュニティーである。いわゆる街には地下構造が作られ、オアシスの近くに大きな建物が建造されるため、拠点として分かりやすい。ところが、人手も生産力もない村は、キャンプに毛が生えた程度のものしか作ることができず、数年以内に滅びる。その原因は、ただびとには抗いようもないもの……天災や、それに匹敵するモンスターの襲撃によるものが多い。
「はっ、はぁ、はぁっ……!」
リルゥは、ただ一人逃げていた。村でいちばんの戦士が、モンスター同士の争いが起きていることに気付き、全員に避難するように言ったからである。ひた走る彼女は、姉が飛んできた砂礫に打たれてぐちゃぐちゃにはじけ飛ぶところや、父がサンドワームの追っ手に捕まるところ、母がカクタスドールの針弾で狂死するところを、ただ後ろに聞いた。
逃げた。隣に住んでいた老人がかばい、魚を取るのが得意だった男が引き受け、小型の竜に乗っていた青年が別方向に行って攪乱し、リルゥは長い距離を生き延びた。お前は生きろと、村が残らずとも人が残ればよいと、そう言われた――けれど。
尽きた体力が尽きたと分かるには、あまりに気が急いていて、まだまだ体が動いていた。何かの巣穴のような場所に飛び込むと、急勾配をごろごろと転がり落ちて、浅い川に突っ込んだ。砂埃が泥に変わり、いつぶりかの入浴のように全身が洗い流されたところで、仰向けから起き上がり……その水をたらふく飲んだ。そして、体力の限界を悟った。
神秘的な、何かの遺跡のような場所だった。襤褸が濡れて肌に貼り付き、先ほどまであれほど飲みたかった水に浸かって、けれど、驚くほど無感動に天井を見上げる。あれほどしつこかったサンドストーム・エレメンタルも、ときどき出てきては人をついばんでいったサンドワームやリザードも、そこかしこに潜んでは悪意たっぷりに人を撃ち殺すカクタスドールも……なぜか、ここには入ってこない。
「私、もう死んじゃったのかな。地獄でもいいから……誰かに、会いたいなぁ」
「ぶほほほほ、ここは地獄でないど! どうしたのかのう、こんなところで?」
「きゃっ!? な、なんなんですか、あなたたちは……」
「何かと聞かれれば。我々は「巨悪」である!!」
いかにも高級そうな鎧に身を包んだ何か、機械鎧の巨漢、異形の蜘蛛男と薄着の女。どう考えてもまともではない集団は、リーダーらしい鎧の何者かから率先して少女を抱え起こし、優しく声をかけた。
「ここは「不滅遺構」のひとつ、何かが眠っている遺跡だ。それが何なのかを探るため、全員で来たが。どうやら無駄足……むっ?」
「おっとぉ。お嬢さん、その首から下げてる小刀は?」
四つ目の男は、異形の腕で食べ物を差し出しながら言う。
「これは、もぐもぐ……私たちの一族に伝わってるものなの、むぐ。ときどき、んもぐ、この小刀を持って生まれる子がいてね、もぐ、「イシのアカシ」っていうんだって。んくっ」
「すると、君は【常人】なのか。おかわり、どうぞ」
その名を叫ぶとき聖剣は目覚め、遍く衆生を救うであろう――あまりに抽象的かつ抹香臭く、その名も失われているのだから、そんなことは信じない。少女の説明に、奇怪極まりない集団もうなずいた。
ところが、そのとき。
『第一検査、クリア。最優先指令、照合。待機状態……』
「えっ、なに?」
どくん、と。リルゥの首から下げた小刀のアクセサリーが、光り出した。
「どうしたんだい?」
「聞こえた。だいいちけんさクリア、って」
「ドン。伝承の……「子を成した」なんだけど。あそこの解釈、割れてただろ。あれってさ、本人の言葉と記録側の視点が混じってるんじゃあないか?」
「どういうことだ、鬼蜘蛛」
ゆっくりと立ち上がり、半ば本能的に歩みを進めるリルゥに、集団が続く。
「聖剣と子供を作ったっていうには、九歳の子供はあんまり小さすぎる。聖剣を受け継ぐ子供が生まれた、ってなら話は分かるが」
「聖剣の子供、そのアクセが記録側の解釈ってことかしら」
「そゆこと。そして、物理的に目に見えるそれが「聖剣の子供」なんじゃあなくて……遺伝的に、聖剣を使う資格のある子供がいるんじゃないかってことだよ」
「生きたままの遺伝子改変か。外なるものならば理解はできるな」
武装を展開して少女を守るヴァイロスも、話にはうなずいていた。
『長い時を、眠っていた……あの子が言ったように、この力が使われぬ世であることを望んでいた。時が、来たのだな』
不滅遺構の最奥、行き止まりになった大扉の向こう側から、機械のものらしき声が聞こえていた。
『その血に聖剣を宿した少女よ。君の呼びかけに応え、今一度この力を振るおう! さあ、我が名を叫ぶのだ!! 吾輩のすべてを与えよう!!』
扉の前に立った少女は、その手に光を宿し、剣を実体化させた。剣には碑文が刻まれている……伝承でもなく、意味深長な警句でもなく、ただ言うべきコマンドが。
「起動せよ! 天空大聖剣、ウル=グランザー!!」
「ぶほぉあ!? こッ、これは!」
「大き、いや、大きすぎる……!!」
「これが聖剣なの……?」
開いていく扉の向こうにあった、それは。
「機械の……ドラゴン」
天より舞い降り、少女と契約してあらゆる敵を打ち倒した巨神「天空大聖剣ウル=グランザー」であった。
※これは聖剣ではありません(当たり前)
このように聖剣の伝承はガバガバの極みなので、いやこれ何なんだよ……みたいなものが伝承では聖剣と呼ばれていたりするのもままある。まあさすがにこれが一番おかしいとは思いますが。




