319 第一:「克死の龍剣」(3)
今回はかなりグロ&ダーティー多め。さらっと読めるように軽くしてますが、ご注意を。
どうぞ。
ハイムノアは、ある意味でいつも通りの日常を取り戻していた。
スラム街にほど近い、あるアパルトマンの一室で、ヅィーブルとボルコは死体を見下ろしていた。部屋に住んでいた「ダウラ」という男は、なますに切られて死んでいた。これほどひどい死にざまはなかなかない。あの赤い剣が、ある程度持つものの意識を反映するのだとすれば、こういったことも起きるだろう。
「おかしいと思ってたら、変態野郎が死んでんじゃねーのー。バカだねー」
「そういやガキが出歩いてるなと、思ったんスよね……」
治安の悪いハイムノア地下は、単に「治安が悪い」という言葉では片付けられないほどに、環境がすさまじく悪い。地下にこもるしかないストレスは、樹液やコケを醸して作った酒、あるいは洞窟性のまずい生物をどうにか食えるようにした食物でごまかすほかない。それができぬものは、鄙びた歓楽街で遊ぶか、他者にストレスをぶつけることになる。
現実における殺人鬼の出現しやすい土地の条件が重なったゆえか、精度がきわめて高い「ワールドシミュレーター」は、精神を病んで人を殺し始める怪物を描き出していた。武具を集めて刃物ばかりの武器庫を作り出し、それらをいくつもいくつも使って女子供を殺す「経文」と呼ばれる男がいた。その由来は、語らずとも察せられよう……犠牲者の遺体のありさまが、そのように見えたからである。
ところが、ハイムノアはマフィアが支配する街であり、専業で人殺しを行う人間がそれなりにいた。拷問を行うものも、隠れ家を提供するものもいる。家に刃物が多いこと、少しばかり血のシミがあること、刺青があること……小さな証拠の積み重ねでは、「経文」を特定できなかったのである。
臭いのこもる地下での人死には、さっさと処理するのが吉だ。何人か連れてきていた手下に遺体を運び出させると、ヅィーブルは家探しを始める。
「こいつだったかー。欲しがるカネが安すぎるんで、気色悪ぃなと思ってたがー……」
「あアニキ、俺ぜったいその倉庫開けませんからね! 見たくねぇよ!」
「分かってるってー。想像つくもんな」
「うぶぇっ、匂いがっ」
人間は死ぬと消滅するとされてはいるが、ジョブ適性によっては、遺体の一部を素材アイテムとして加工する権限を持っている人間もいる。そういった人間による殺人は、遺体が残る形でのものとなり、はっきりした証拠が残る。多くは遺体を丸ごと使ったアンデッドの作成に使われるため、現場にはわずかな遺留品と血痕程度しか残らないが……そういったジョブに就いていないものは、遺体を処理する必要がある。
もとの食料生産がそれほど盛んでない街で、それなりに高額な食糧を買うためにとあくせく働くものが多い中、装備を整えながらも食事をおろそかにできる人間はそういない。やせ型と言うほど痩せてはおらず、皮下脂肪もそれなりに見えている。食糧庫の中にあるものは、まめに塩蔵品に加工された肉だった。どこかの肉屋に並んでいても、それほど違和感を覚えないほどには。
「こいつは知り合いンとこに持ってくか、好きだもんなー」
「うえぇ……まあでも、何が起こったかは分かりましたね……」
二週間ほど前に転がっていた、「半分の女」の残りであろうモモ肉のハムをかばんに詰め、ヅィーブルはすでに分かっている事実と、ここに残った証拠を照らし合わせた。
赤い剣は、自らが殺傷したモノを依り代に変える。「経文」は刃物の蒐集家であり、それらを使って人を殺す。今回の被害者となった青年は、あの赤い剣によって致命傷を負い、最初の「勇者」となった――しかしながら、「経文」はその攻撃では致命傷を負わず、勇者の逃走を許した。
「んー、この靴跡は……まあいいか、クズだしなー」
「女物っスかね」
その後、どうやってか「経文」の正体を突き止めた“ある女”が訪れ、倒れている男を救助しようとはせず、ナタで執拗なまでに殴打し、もう一本のナイフで切り刻んで殺した。死が確定することが勇者化の条件であるのなら、あの青年が街に現れたタイミングから、岩人形が生まれるまでの時間に、この殺人は行われたのだろう。
この街に追跡や捜査を得意とする〈警邏〉はおらず、血の報復を止めようとするものもいない。血を踏んだ靴跡を追跡できるのは、その靴に血が付いていることに気付いた身内だけだろう……その程度のことに気付かぬ女が、覚悟を持って殺しに訪れるとも思えない。そして、どれほど治安が悪い街であっても……仕事に関係のない殺しをする人間は、歓迎されない。
死体を荷車に積み込み、ゴミ捨て場に運んで戻ってきた手下たちに、ヅィーブルは優しく声をかけた。
「お前ら、疲れたろー? 酒飲んで忘れてこいよー。ほれ、カネやっからよー」
「おっす、あざっす!」
一晩の酒代としては多すぎるくらいの金銭を投げ渡したヅィーブルは、ボルコを見た。
「お前もネタ広めてこいよー。なー?」
「うっす……」
酔って口が軽くなった男どもは、昼から呑める楽しさも手伝って、「経文」の死と正体を広めるだろう。少なくとも、この街に殺人鬼がいなくなったというニュースは広めておかなければならない。
(……考えなきゃいけねーのは、あいつがどこから剣を拾ってきたのか、それと……回収したやつが、次はどこでやろうとしてんのかだなー)
あの道化師の友だという、薄着の女にも助けを求めなければならない可能性がある。
「さっ、メシだメシ、食おうぜー。今日は魚がいいなー」
「そっちも肉見るの嫌なんじゃあないですか!」
「今日は魚の気分なんだよーん」
まさか、魚を扱う酒場の若者が“ハム”を好むなどとは、言えるはずもなかった。
悪の味方なヅィーブル。ハイムノアの治安はガチで終わってるので、お尻触ってきたチンピラはまだ健全な市民といえる。そこらの酒場のにーちゃんが「おっマジかよ”ハム”じゃーん! サービスしちゃうよ?w今日いい魚入っててさぁ!」とか言ってるようなレベル。何だったらあの剣が投下されたのも「ワンチャン滅びても誰も困らんか……ヨシ!」と思われてるからですね。




