318 第二:「王編十六章が十一・“忘却の大河を逝く蒼の花弁”」(1)
どうぞ。
王編十六章――その名を告げられても、男たちが動揺する様子はなかった。
「ふむ、さすがだ。魔王の手先にも恐れをなさぬか。幾度も災禍の化身をねじ伏せたというだけのことはある」
「俺たちの功績については、触れなくてもいい。クルズルフ司教どの、俺の性格はすでに知っているものだと思っていたが」
「ふ、ふ、ふ。その口の利き方は、儂以外にはせぬようにな」
奇妙な部屋だった……否、浴場とベッドが隣にある部屋は、王侯貴族の居城には多かろう。しかしながらその使い方は、あまりに異様なものだった。否、これもまた間違った表現であろうか。
グノーシア正教会の司教「クルズルフ=グルウナフ・ティゴノリオン」は、すでに人の姿を捨てている。そのため、ふつうの構造をした部屋に住むことができず、25mプールよりも大きな浴場とベッドが併設された場所が必要になっているのだ。具体的には、巨大なオウムガイのような頭部とたくさんの触手、そのひとつに人間であった頃の名残となる老人の肉体があるという……どちらが本体であるかは明白ながら、どちらを活かすことも殺すこともできぬあまりに惨たらしいありさまである。
「魔王は、外なる世界のひとつ……書物の世界に住まい、魔物たちを統べる王へ登り詰めた魔物だ。かの世界は、己が内にある魔導書を書き足したり、奪い合ったりして力を高めておるのだが」
「書き足せる限界が多いやつ、ってぇことかい?」
「そうさな、きゃつらは魔導書に縛られておる……かの者たちの運命は書に綴られる通りに進むゆえ、幸福な他者の生を取り込もうと争う。しかし、ときたま「空白の運命」、尽きせぬ可能性と計り知れぬ命数を誇るものが生まれるのだ」
「すごいわねぇ、そのコが魔王になっちゃうのね」
そうだ、とクルズルフは肯定した。
「空白を持つものは、同時に書き込む力を得る……他者の運命や力をすら書き換え、意のままにできるのだ。これを支配者と言わずして何と言おうか」
「なるほど。だから王編十六章と言ったわけか」
「そうだ。支配者であれ、書物の絶対的な制約からは逃れられぬ。四篇の物語が起承転結の四つに分かれ、それぞれの場面をもとにした力を得る。どれも図抜けた力を持つ、〈教会騎士〉すら蹴散らすものどもだ」
「直接、私室にまで呼び出した理由はそれか」
黒い鎧に長い銀髪を垂らした美丈夫は、オウムガイを見た。
「……「王編十六章が十一・“忘却の大河を逝く蒼の花弁”」。人々が勇者にかまけておる隙をついて、魔王の版図を増やそうと画策しておる女よ」
「あれぇ、場面モチーフの能力ってことならさ、名前のまんまじゃないの? もう能力分かっちゃってない?」
「であれば、オメガよ。おぬし、かの「忘却」の力にいかにして立ち向かうつもりなのか……聞かせてはくれぬか? 儂には対抗手段がないのでな」
「意地悪だねー、見てから受けてから……ってぇ、もしかしてだけどさあ」
ほとんど最大戦力ともいえる〈教会騎士〉たちを蹴散らす、と表現するからには、恐ろしく強いのだろう。ステータスは恐ろしく高く、どれほど強いプレイヤーでもほとんど対抗できないほどに強力だ。それではどうにもならない、というのであれば。
「かの者は、技や武具を消す。世界からそれを忘却させ、存在しなかったことにしてしまうのだ……むろん、消せる数に上限はあろうが、力の方向性がしかと定まった者にとっては最悪の相手なのだ」
「あらあら。アタシ、そいつ倒せそうなコのこと知ってるんだけど……ちょっと、ここに連れてくるのNGなのよねぇ。ね、どう? どうやってもNGなコを連れてきちゃうのと、アタシたちから正教会の任務が漏れちゃうのと……どっちがイイかしら?」
露出の多いセクシーな……女性であれば、と但し書きを付けねばならぬものであれ、そのような衣服に身を包んだ巨漢が、妖艶に微笑みながらそう言った。
「……儂ですら、不用意にこのディーコノジーヴの掟を破らせることはできぬ。この任を、おぬしら以外に手渡したいというのなら、こちらから使いのものを寄越そう」
「るるラ♡ヴ。お前はまさか」
「んふふ……たしか、ゾミアちゃんって騎士がいたわよね? あのコの知り合い、って言えば分かるんじゃなぁい?」
「相分かった、あの「禁忌を歩むもの」のことか。であれば、おぬしらに命じるべき任は決まった」
いま話したばかりのことを覆すように、司教は告げる。
「かの「忘却」に呑まれた地を探し出し、切り拓くのだ。けして光差さぬ地、闇に咲く花に呑み込まれた暗き大地……かの女が城に住まうことはない、しかし暗き大地のいずこかにいることは明白」
「二方面作戦、ってことか。悪くないね、こっちもアピールできる」
「あっちには配下なりいないのか?」
「頁を埋め込まれた魔物は出るやもしれぬな。かの女は、あくまで版図を広げる力しか持たぬゆえ、将とはなり得ぬ。……暗き大地がどこであるかには拠るがな」
ひどくうるさいベルの音が鳴り響き、会話が断ち切られた。
「食事か。すまぬな、おぬしらが捕らえたものどもも喰らっておるというのに、謝礼のひとつもできぬままで」
「構わない、俺はまずいメシが嫌いでね。司教どのの口に入るものも、それなりに美味であってほしいと思っているんだ」
小型の竜が浴場でカードから解放されると、触手はすぐさまそれを捕らえて喰い始める。響き渡る悲鳴と飛び散る血しぶきは、この世界における「司教」というものの悲哀をこれ以上ないほどに表していた。
「お暇するよ。一人の方が、味が楽しめるだろう」
「うむ。任せたぞ、ディリード」
顔にかかった臓物のかけらを取り、投げて司教の口に放り込んでから、ディリードを含む「BPB」本隊は彼の部屋を退出した。
この「王編十六章」っていうのは、かなり昔から「四天王とかなんとか、名前フツーすぎん?」と思っていたんで作り出した名前です。みんなも使っていいよ(適当)。
そういえば、カフェイン摂りまくって脳が動いてるのに昨日の疲れで体が動かないので、いわゆる金縛りのもととされる「意識がはっきりしているのに体が動かない夢」ってやつを見ました。私の部屋はそういうの何にもいないの確定してる(なんか結界張ってある&通り道から遠すぎ)ので、こういう感じなのか……っていう、ちょっと感動が。ほんとね、部屋に誰もいないのマジで嬉しい。前みたいに連れて行かれそうにならないし。




