316 第一:「克死の龍剣」(1)
どうぞ。
カン、コン、と足音が響く。高く響く足音は、むやみに頑丈な靴と石畳の衝突によるものだった。足音の主――ボロボロのマントと砕けた仮面が目立つ青年は、手に赤い剣を握っている。血刀を提げた青年の異様な風体に、正教会へ通報しようとするものも現れる。
「かぁ」
ひとこと青年が声を発すると、死んでいてもおかしくない顔面の太刀傷が、仮面ごと開く。カラスか何かの鳴き真似をしているようなその声は、とても正気の沙汰とは思えなかった。砕けた仮面の上部は額に、下部はあごに貼り付いているようである。そんなつまらない分析をつい行ってしまうほどに、人々はそこに日常性をひとかけらでも見つけることに必死だった。
荒くれ者たちは武器を手に表を固め、野次馬も減るほどの異様な雰囲気が場に満ちる。ぐらりと上体を傾けた、まるで亡骸のような青年は、恐ろしい速度で荒くれ者たちに切りかかった。メイスが半分まで切り込まれ、街一番の力持ちがぐいぐいと押し込まれる異常事態。間違いなく、ハイムノアに訪れた中でも一、二を争う危機であった。
「なー、ちょっと待ってくれよー……剣のお告げは聞いてないのか、お前ー?」
「かーあ」
突然現れた筋骨隆々の中年男性は、そう言って苦笑した。青年の視線は男の方を向き、振るわれた剣風によって荒くれ者たちは吹き飛ぶ……どうにか無傷で済んだ男のひとりが、中年男の正体に気付いた。
「あっお前……ヅィーブル!? なんだその、昔みたいな体!」
「いやぁ、川底に剣が生えててなー。抜いてみたらこの通り、すごいぜー?」
とうの昔に引退し、武勇伝を騙って聞かせたり、ガタイと凄みだけでも通るちゃちな護衛をしたりといった、けちなチンピラの年長である。飲み代や宿屋のツケは、その金があれば商売でも始められそうなほどには溜まっている……どこまで行ってもさしたる積み重ねのない、小さな男のはずだった。
「かっ」
「おぅ、早い早いー。すげぇなー?」
血の色をした直剣は、まるで黒曜石を割って作ったような魔剣と打ち合っている。すさまじい勢いで散る火花は、青年の体にある無数の傷を明るく照らし出した。切り傷、刺し傷、深いやけどの痕に青あざ。執拗な拷問を受けたのち、憂さ晴らしに殺害されたかのごとき、あまりにも惨たらしいありさまである……生きているものの肉体だなどとは、とても信じられるものではない。
しかし、ヅィーブルの体もまた、変わっている。酒ばかりの生活ですっかり赤鼻になり、片目も潰れて濁っていたはずが、どちらも消えている。三十路初めの頃のような、魔獣すら恐れをなすほどの化け物じみた肉体美は、それから十年以上の歳月が過ぎてすっかりしぼみ切ったはずだった。
「お前、……なんだ!? 本当にヅィーブルなのか!」
「へへっ、よくぞ聞いてくれましたー。オレさまはァ、「享楽の勇者ヅィーブル」ー! ってなー! けっへっへ、決まったねー」
それは、天啓――あるいは、剣の呪いであった。剣の示す運命を踏み越え、真なる救いをもたらす戦士となれという、頭の中に響く言葉。
「うーん。お前は言葉を聞いてないのかー? それとも、剣ごとに違うのか、ルールがー」
「がぁー……」
剣が断った空気がそのままに続き、道の端にあった彫像がするりと断面を見せた。崩れ落ちた岩塊は、奇妙なことに人型を作り出していく。
「……なんだー? 気持ち悪いな……いや、まさかー」
チンピラとして、それなりの数の死体を見てきた……その死体を作った、ルールが分かっていないバカものどもを始末してきたこともある。ヅィーブルは、青年の体にある傷がきれいすぎることに気付いていた。肉厚の鉈や薄いナイフではなく、刺し傷となった穴の形も両刃のもの……ひし形をしている。そんなご立派な刃物は、ハイムノアという治安の悪い地域では通用しない。
隠すにあたって不利であり、さっと抜くにもやりづらい。そもそも、頭に血がのぼったチンピラがすぐ掴むものとして、直剣などというお高い武器さまがその場にあろうはずもなかった。あれは、裕福な貴族が持つものか、騎士に支給品として与えられるものであって、たまたまモンスターから手に入れた幸運なもの以外は、そうそう持っていない貴重品なのだ。
「ゴー、ゴゴ」
「分かりやすいな、お前ってばー。でもまー、“お前”が聖剣じゃないのは分かったぜー!」
自らが命を奪った、あるいは破壊したモノを乗っ取り、己の宿主とする。「克死の龍剣」には、元からそういった機能が備わっていた。
「滅びるべき偽剣は破壊しろ、ってよー。剣のことばに従うぜ、お前を壊すー!」
致命的な間違いに気付くことなく、ヅィーブルは相対する真なる聖剣を破壊する意志を固める。そして、青年から抜け出して岩の体を使い始めた剣を、激しく打ち据えた。
ちょっと手を抜きます(クソ宣言)。そろそろ就職できるかもしれないんで、はい……いろいろちょっと忙しいんですよね。今から履歴書も書く。ニート脱却できるようにがんばらねーと。




