307 灰白……ワルイダーの最期(1)
(2026/5/16 サブタイトルを変更)
どうぞ。
悪の組織を演じるロールプレイ系ギルド「秘密結社ワルイダー」の、いくつかある拠点のひとつ、その中の「玉座の間」にて。メンバーランクとしては「幹部」でありつつ、特撮を真似た組織人として「戦闘員を改造した言いなりの人形」というロールプレイをしているヴァイロスは、ドンの横に控えていた。
「みんな、よく戦ってくれた! 我らが夢は叶わなかったが、この巨悪の存在を知らしめることができただけでも、価値があったと言えるだろう!」
「やつらの本気はなかなかのものだったが……だからこそ、挑みがいがあるってものだ」
「ぶほほほ、オデたちの忠誠はその程度では揺るがんど!」
「そうか……。では私は、君たちの忠誠を今一度試してしまうことになるな」
ざわめき出したメンバーたちをよそに、ドンは玉座から立ち上がる。よく見れば、その兜は戦いで破損していたのか、前のものとは違うデザインになっていた。
「なぜ、私が兜と仮面という奇天烈なスタイルで顔を隠すのか。なぜ、双面で声を変えているのか。なぜ、全身鎧を決して脱がずにいるのか。……その答えは、ただひとつ!」
兜から、豊かな黒髪が流れた。そして鎧の装備状態を解除した瞬間に、身長が二十センチ近く縮む。かなりの巨漢と見えていたドンの背丈は、ちょうど女性の平均身長ほどに変わって……否、戻っていた。
「この私「大首領ダ・ダーク」が! その役目にふさわしい姿でなかったからである!!」
「そ、」
美しい黒髪、おっとりとした印象を与えるふっくらした体、飛び抜けてはいないが、きりりとした表情で何倍にも高められた容貌。ヴァイロスは、その姿に見覚えがあった――正確にはなかったが、あの人だと思える女性に心当たりがあった。
「私の志の起源は、すでに話した通りだ。ヒーローはいつも、肝心なときに間に合わない。だからこそ、暖かな闇が必要だったのだよ。特撮ヒーローや出演俳優が、病気の子供たちをお見舞いした、その心を救ったと聞くたびに……! 私の胸は締め付けられた。何も、……何も変わりはしないのだ。私は手遅れだったのだよ」
妹を守って車にはねられた六歳の姉は、五年の入院生活を経て奇跡的に復活した。さまざまなところをぼかした美談だけを聞けば、誰もが涙したことだろう。左右の骨やひざの成長が偏ったことで歩き方がおかしくなり、整形してなお顔の引きつれが取れないその笑顔を見てなお、彼女を「身を挺して妹を救った聖人」と称えるものは少なかった。
頬骨の下にできたひとすじの切り傷だけが、姉との小さな絆だった。端末で見る短い特撮ドラマで、彼女たちは世界を共有した。姉に依存する妹であり続けたヴァイロスは、ほとんど友達ができることもなく、親戚どころか父母とすらまともに会話できないままだった。メタバースでひとり過ごすことが増えていた彼女に、姉を思わせる鎧の人物……ドンが声をかけてきた。
――きみは、闇に暖かさを感じたことはないかね? まぶしい太陽を痛いと感じ、太陽から逃れたいと思ったことはないかね。
――みなで影を作ろう。我々と同じく光の中で苦しむものたちが、心からの安らぎを得られる影を。
「この姿を見て「なんだ、特別なところがないな」と感じたものは幸いだ。なぜなら、これこそが私の欲しかったものだからだ」
姉のために家を建て替えた両親も、人が変わったように明るくなり、並んでテレビを観るようになった妹も、姉にとってどの程度救いだったのかは知れない。救いだったとしても、彼女が手に入れられないものはある。それは、覆せない。
「ぶほほ、……ぶほほほほほほほほ……!!!」
ヴァイロスは、笑った。強い自分をイメージして作った巨漢のアバターが、野太い声の哄笑を響かせる。空間を圧した笑い声がやがて途切れて消えると、ヴァイロスはドンの前に出て、ひざまずいた。
「オデの忠誠は、ドンの姿ごときで揺らぐものではないど。光に傷付いたものどもを受け入れる、暖かく優しい闇こそ……その闇を持つからこそ、オデはあなたに忠誠を誓っておるのだど!!」
いわゆる“やさしさ”や“親切”は、ヴァイロス自身にも姉にも、いくらでも投げかけられていた。姉をいつ失うとも知れぬ妹、交通事故で消えないトラウマを負った少女、ほとんど失語症なのではと思われるほどに無口な子供。そういった「かわいそうな」姿は、彼らの親切心をよく刺激した。
しかしながら、そういった親切心は、彼女らを救うことはなかった。お姉さんが早く退院するといいね、と言われたところで、ともに過ごす時間は面会時間だけで充実している。車怖くないかい、と聞かれても停まっている車まで怖がるほどではない。無口なのは生来のもので、姉とは話しているのだから、お医者さんに通った方がいいよだのといった心配はむしろ、不躾な物言いですらあった。
「そうだ……そうだ! 俺は、あなたの人柄に惹かれたんだ。グロテスクな優しさじゃあない、冷たくて小さな小石をくれた!」
ゴーレム使いのリザードマンが言うことにも、覚えがあった。ドンのしていることは、いわば自助団体が貸し切りスペースを作っているようなものである。誰に指図をすることもなく、自主性に任せるため崩れやすい弱みもあるが……その理想は、けっして穢れたものではない。
「ドン。俺からも言いたいことがあるんだが……いいかな」
「どうしたのだ、鬼蜘蛛」
双面を外した四つ目の青年は、やわらかく微笑む。
「怪人の表の顔なんて、誰も気にしやしないぜ? むしろ……表の身分がきっちりしてる怪人ほど、すごくヤバいやつだったりする。俺も」
膝をつき頭を垂れて、鬼蜘蛛は言う。
「今一度あんたに、尽きぬ忠誠を誓おう……大首領ダ・ダーク。俺の理想を叶えさせてくれる、何より大きな止まり木よ」
そうか、と女性は苦笑する。
「私は、巨悪として正義に裁かれたいと思うあまり……みなを正義へ追いやろうとしていたのだな。自ら闇へと誘ったきみたちを、自分を裁く光にしようとしていたのか」
「そりゃないっすよドン、ひどいなぁ!」
「美学に反してしまっては、巨悪とは言えんど、ドン!」
「まったくだ――、っ、う……!?」
穏やかに収まろうとしていた話を遮るように、ドンは胸を押さえた。
「どしたぁ、ドン……VRゲームの中で胸が痛いのはヤバいぜ、ログアウトして救急車を呼んだ方が……」
「違う、な、なにか……!?」
ドンの右目が真っ赤に光り、右半身がもうひとつ増えようとしている。
「なんだ、こんなジョブあったか? 本人が起こしてない現象なんて……」
「間に合ったっ!」
玉座の間に、五人の闖入者が現れた。
「……「NameLLL」!?」
ドン=お姉さん
ヴァイロス=妹ちゃん
ありふれた事故と化け物が起こした事件に両方巻き込まれる不運の極みみたいな人。フィエルの不幸がケガじゃないとか化け物関係ないってだけでずいぶんマシに思えますね……フィノミナがふたつの経路から感染するとか不運すぎないかマジで。




