297 いつもそう、けれど違うこともあり
どうぞ。
スポーツクラブに着くと、すでに墨帖さんの車が停ま
気が付くと、入り口の自販機横にあるベンチに座っていた。
「あれ? 玄関入ったっけ」
「大丈夫ですよ。あなたは、大丈夫です」
「え? あ、墨帖さん……」
「着替えてきてください。後輩たちも来ますよ」
救急車の音が離れていって、何かあったのかと思ったけど、墨帖さんに止められた。やんわりと――のように思えるけど、手のひらを肩に乗せて、指にいくらでも力を込められる……ちょっとだけ怖いような、手の置き方だった。
「熱中症、のようです。あなたも、水分補給はきちんとしてくださいね」
「えっと、はい……」
スポーツクラブから走り去っていく四人の姿が、どこか見覚えのあるもののような気がしたけど、更衣室に入る。いつも使っているロッカーを開けて、バッグを置いた……サマーセーターに続いてキャミソールをすぽっと脱いで、スリットの深いロングスカートも脚から抜いて、下着だけになる。
日陰の部屋にいるような、涼やかな印象を覚えるサックスの上下。繊細できれいなショーツを脱いで、いつものインナーを穿いた。そのままレオタードを穿き上げて、腰あたりでとどめてからブラを外し、レオタードに申し訳程度についているメッシュ部分に胸を収める。かなりがっちり上下から押さえられているし、先が擦れて痛くなったこともないから、ヌードブラなんかは付けていない。夏だと倍蒸れるから、成長期もできる限り避けているくらいだった。
ソックスを履いて更衣室を出ようとしたとき、ちょうど三人娘がやってきた。
「おはー、アカネっち! 墨帖さん来てるよー!」
「うん、入ってくるとき会ったよー。みんなも早く着替えろー」
「はーい」
待っているわけではなさそうだけど、事務室横ではなくて玄関の方を通って、体育館の方に向かうことにした。どこか考え込むような顔をしている青年を見ると、「ああ」と顔を上げる。
「水分は持ってますね。“あなた”はいつも、冷や冷やさせてくれる……」
「何かしましたっけ」
「ああ、いや。競技には出なくとも、けがのリスクはありますから、気を付けて」
「大丈夫ですよー、危ないことって競技の方ばっかりですから」
跳馬やゆか運動の着地で、首から地面に突っ込んで全身不随に……なんて話は、昔からあった。でも、そういうアクロバティックなことは、もうほとんどやっていない。後輩たちがケガをしたときのケアができるように、と大学で勉強しているけど、コーチたちがしっかり教えてくれているからか、事故はぜんぜん起きていなかった。
そのとき。
「ッ、伏せて!!」
「ひゃうぁ!?」
ずんっ、と音がして地面が揺れた。地震……震度はたぶん五くらい、ほんの数秒で揺れは止んで、ちょっと慌てていた心臓が戻って――
「あ、あの墨帖さん……もう大丈夫です、たぶん」
「んっ? あっいや、すみません……つい」
肩を寄せ、自分の体の下にかばうようにして、抱き寄せられていた。
「すみません、“あなた”には必要ありませんでしたね」
「え、いやそこまでじゃないんですけど……」
「あー! ハグしてる!!」
「ほ、ほんとだ……吊り橋効果……!?」
お互いばっと離れて、「違うから!」と慌てて言い訳する。
「これはほら、地震からかばってくれただけだから。私がみんなにでもやることだから!」
「あやしー。というか、今の今まで話し込んでたんだ?」
「ん、それはその」
「すごい。耳が真っ赤」
すさまじいくらい険しい顔をしていた墨帖さんに「地震怖いんですか?」と千紗が訊く。
「はは……いや、トラウマがあるというわけじゃありませんが、これが震度六やら七やらの初期微動だったらどうするんです」
「それもそう、だ」
「自販機が倒れてきたら、僕でもぺしゃんこです。君たちも体が資本でしょう、ケガをさせるわけには行きませんから」
「わーお、かっこいー。これは惚れちゃうよね、アカネっち!」
そうだねー、とほっぺをぐにぐにする。
「どうも、ここへ来ると用事が入るな……。失礼します」
「また来てねー! カノジョに会いに!」
「会いたければデートすればいいでしょう」
「うわ、言ったぁー!?」
あくまでからかい路線を続けるアルカに制裁を加えつつ、私たちは体育館に入った。
地震(大嘘)。五人がかりなのにOKから逃げおおせてる……?? と思ったけど、時間的・空間的矛盾が大きすぎるとマズいから、あとお願いねしただけかこれ。でも夜層の激震が現実に伝わってるのはほんとうにヤバいと思います。こないだの都市級でもそんなこと起きてなかったけど……人間大で都市級上位? まあ人間はねこに勝てないからね、しょうがないね。




