File--- 〜人型惑星:Maggie〜
人型惑星研究チームでは、今日もその惑星との会話が試みられていた。
「こちらはエスペラント人型惑星研究チーム。聞こえていましたら反応をください」
暗い部屋の中、大型モニターの光がこうこうと研究者達の顔を照らしている。マイクに向かって話すのは、ベルナルドから指名されてこの研究チームの長になったカルト・ロッサー(Kurt Rosser)。エスペラントで長い間宇宙研究チームに居た研究員だ。長髪の黒髪を後ろで一つに束ね、金のフレームの丸眼鏡をかけている。
モニターの中には、荒い映像が映し出されていた。画面の中央に映るのは人の形をした何かだ。画像の荒さで正確には分からないが、仮説では「少女」ではないか、ということになっている。
一体どういう理由で、宇宙空間に少女が投げ出されているのか。疑問に思っても、科学的に証明ができなくても、とにかく満足する結果を得ることが大事なのだ。
カルトらの研究チームは、その少女との会話を試みているところだった。
「もしもし。私たちはあなたと話がしたい。どうか、お願いします」
耳につけたイヤホンからは、ざざ、とノイズが聞こえてくる。宇宙空間なので、彼女に声は聞こえていないだろう。音を伝えるものがないのだ。
とにかく、少女が何かアクションをしてくれるならばそれでいい。
そういう思いで、研究チームは辛抱強く少女に話しかけ続けた。
*****
事は、専門チームが出来上がって、二週間が経過して大きく動いた。
「こちらは、エスペラント人型惑星研究チーム。人型惑星さん、聞こえていましたら何かアクションをお願いします」
その日も画面の中央に浮かぶ少女は静かだった。二週間が経過しても少女は惑星と惑星の間を静かに漂っているだけだ。体を折りたたんで胎児のように丸くなっている。他の研究チームの開発した機械によれば、その少女から生体反応が確認できるらしい。
信じられない話だが、少女は生きているのである。
「カルトさん、正直この子、俺らの声が聞こえているとは思いませんけどね。まず宇宙空間に音を伝えるものが何もないんですから。無音っすよ」
そう言って欠伸を噛み殺すのは、このチームに三日前に派遣された研究員だ。
「アストン、私語は慎め」
「はいはい」
カルトはアストンに向けていた目を画面に戻したとき、違和感に気づいた。
「ん?」
目を凝らすと、少女の体制が変わっている。体を丸めていた少女の体が、解けていた。手をこちらに伸ばすような恰好をしている。まるで眠りから覚めて、目いっぱい伸びをしているような恰好だ。
「おい、動いたぞ」
カルトの言葉に研究室の空気が一変した。皆の目は瞬時にモニターに集まる。
「え? この二週間で動く気配なんて微塵もなかったのに」
「録画はできているか?」
「はい、録音機材も問題はありません」
カルトはじっと画面を見つめる。すると、少女がやはり動いた。今度は手を動かしている。ぐるぐると回してみたり、鳥が羽ばたくように上下に動かしたり。カルトも他の研究員も「動いた!」と口々に言った。
「人間惑星、聞こえていたら右手を上げてください」
カルトはマイクに向かっていった。少女が右手を挙げた。研究室にどよめきが起こる。
「聞こえているのですね。次は左手を上げてください」
少女は左手を上げた。
「こんなの……」
アストンが首を横に振っている。あり得ない、と言いたいのだ。
「人間惑星、話はできますか? 何か言葉を発してください」
カルトはアストンの言葉を無視し、耳のイヤホンを片手で抑えた。今の彼は、長い間見続けてきた対象が返事をくれたことだけが嬉しかった。この研究室に入って初めてワクワクすることができたのだ。
少女は腕を下げた。画像が荒いので分かりづらいが、喋っているのだろう。マイクは変わらずノイズしか聞こえない。
「だめだ、聞こえない。人間惑星、今喋っていますか? 喋っていたら両腕を上げてください」
両腕が上がった。彼女の声だけが聞こえないのだ。
「その子にはカルトさんの声は聞こえているのに、その子の声はこっちに届かないんですね」
「声が小さいのかもしれないな。機械開発チームに拡声器の開発を進めるように言ってくれ」
「わかりました」
カルトは画像の中の少女を見る。
「人間惑星、何か会話をする手段を得ましょう。我々はあなたの声が聞こえません。手話はできますか? できるならば、右手を。できないならば、左手を上げてください」
左手が上がった。
「できないのですね。分かりました。我々はあなたの声を聴くために専用の機械を用意します。それまで時間がかかるので、私が手話を教えます。簡単な手話ですから、大丈夫ですよ」
その日から、惑星少女との研究チームのコミュニケーションが始まった。
*****
「人間惑星、あなたは何歳ですか?」
惑星少女は、手で六を作った。
「六歳ですね。では、いつからそこに居るのでしょう」
少女は首を傾げた。分からないらしい。
「分からないのですか。呼吸はできていますか? 苦しくはないですか?」
少女は頷く。そして、手を動かした。手話を見るために機械の開発は大幅に進んだ。画面の荒さもあまり気にならなくなった。画面の中に居るのは、黒髪の少女だった。華奢な手足、身にまとった衣服はなく、黒の背景に肌色が浮かんでいる。
「快適です、だそうです」
アストンが手話の解析をして言った。
「その様子だと、寒くもないようですね。では、名前を教えていただけますか?」
少女の指が動いた。
「マギー、ですか。家族の名前は言えますか?」
少女は首を横に振る。
「家族が分からない、と。出身は?」
再び首は横に振られた。カルトはある程度質問事項をまとめたバインダーに目を落とす。
「地球に居た頃の記憶はありますか?」
次は指が動いた。少し、という返答だった。声で話ができないことがもどかしいが、拡声器の準備は着々と進められているようだ。
「わかりました。今日はここまでにしましょう。ご協力ありがとうございます」
画面の中の少女が手を振った。カルトも手を振る。画面の接続が切れたので、カルトは他の研究員に指示を出す。
「今の録画をベルナルドさんに渡して。今後の質問事項に訂正があるかもしれないから、それについても聞いてくるように」
「了解」
すぐに動き始める研究員たちを見届け、カルトは手元のバインダーを見た。
少女はたしかに地球からあの空間に行ったらしい。だが、その過程も地球に居た頃の記憶もほとんど記憶していないようだ。気づいたら宇宙に居るなんて、そんな事例は世界中どこを調べても出てこない。彼女は一体何者なのか。
まだ誰も行ったことのない宇宙のどこかに、裸体の少女が浮いている。
現実とはまるで思えないその出来事に、カルトの心は奪われ始めていた。




