疑問
時に子供というのは、未来の不安を感じ、そのどうしようもない不安というものを身近な存在に問いただしたいと考える。
ベルナルド・ウィンバリー(Bernard Wimberley)も例外では無い。
彼は幼い頃、何度だってその疑問を口にした。朝起きてすぐ、昼食をとっている間、夕食の後。彼は両親に何度目か分からない質問を投げる。
「人はどうして死ぬの」
「人は死んだら何処へ行くの」
「死んだあとはどうなっているの」
「死後の世界は本当にあるの」
これが始まると、両親はまたか、という顔をする。彼らはうんざりしていたのだ。誰もが一度は通るこの質問に、自分たちの息子は縛り付けられているように感じたのだ。
彼らはその度に適当にやり過ごした。
「天国があって、そこまで車で行く」
「途中でハシゴがあるから、それを昇る」
「死んだあとはみんなでご飯を食べる」
少しでも彼の興味を逸らそうと他の話題を口にしても、結局はそこに戻ってきてしまう。
「ベルナルド」
彼の目を見て、父親は言った。
「その質問はもう聞いてはいけない。君が答えを知れば知ろうとするほど、死というものは君に迫ってくる」
それを聞いた彼は本当にそうだと信じていた。
だから、彼は心の中だけでその問題を考えた。
図書館に行って死に関する本を借りた。動物や人の死について、それぞれの死生観をまとめたもの。
どれを持って行っても、司書は良い顔をしなかった。こんな七、八歳の幼い子供がなんと言う恐ろしい本を読むのかと思っている顔だ。
ベルナルドはそれらに夢中で目を通したが、結局死について得られる情報はなかった。この世に生を受けたからには、いつかは死んでしまう運命なのだということだけが、彼の中に着々と積もっていく事実となった。
彼は大人になってもその問題に縛られていた。
むしろ、世間を理解できるようになるにつれて、彼の頭の中では死が浮き彫りになっていくのだ。
車に引かれた人間は一体今何処にいるのか。墓の中だとか、棺の中だとか言う回答はいらない。それはもはや答えにすらなっていない。
自分が気になるのは、彼らのその後だ。肉体ではなく、魂となった彼らが何処に居るのか。
宇宙に人間の魂だけを集めた惑星が存在するとか、そんなことを言われた方がまだマシだ。むしろそうであれ、と願うほどだ。
彼を纏う空気はいつも重く、両親は彼が大学に入学すると同時に縁を切ってしまった。全くもって自分勝手な奴らだと思ったが、そんな奴らには分からない大問題なのである。
一体、人間は死んだらどうなるのだろう。
死とは痛いものだろうか。
足元を歩くこの虫たちも簡単に死んでしまう。
潰せば彼らは死というものに触れてしまう。そして飲み込まれ、戻れなくなる。
いや、転生すれば_____。
彼の思考はもはやそれに支配されていた。
それを考えなければまるで死んでしまうかのように。
死について考えることが、心臓を動かすことと同レベルで大事なことだった。
*****
ベルナルドはそんな疑問に支配されたまま大学生になった。成績はそれほど悪くないので、何とか奨学金は借りながら勉強に集中できた。
友達もそれなりにできたが、彼の死生観に共有してくれるような者は一人として現れなかった。
ただ、会話の節々で彼は何度も恐怖した。
「前の映画、良かったよな」
その日は同級生三人でキャンパス内を歩いていた。
先日、このメンバーで古い映画を見たのだ。場所はメンバーの家。泊まりもし、映画の感想を語らいあったが、彼はまだ語り足りない様子だった。
「面白かった」
「あの女優の名演技に勝るものはなかなかないよな」
「確かに。同じ女優が出演している映画ならもっと知ってるぜ。俺の家に来て、また映画鑑賞会やろう」
その日の夜、再び映画鑑賞会という名の泊まりが幕を開けた。ベルナルドも映画を見ていたが、確かに映画の中にいる女優のその美しさと演技は、誰も真似出来ないものだった。
三人は夢中で映画を鑑賞していたが、ふと一人が口を開いた。
「この人、もう亡くなってるよな」
それは死に関する話題だった。ベルナルドの心がざわついた。
「病気だっけ。心臓かどっかが悪いって聞いたな」
「薬の大量摂取で自殺したってのも聞いたことがある」
二人の会話の中に何度も現れる「死」をベルナルドは追いかけた。
スクリーンの中で笑う彼女が今この世に居ない。もう会うこともできない。彼女が笑うことは無いし、話すこともない。呼吸することも、心臓を動かすこともない。彼女は灰か骨となり、地球の一部になり、はたまたこの世に再び違う人間として生まれ変わり_____。
気づけばエンドロールだった。
ベルナルドはハッとして、周りを見る。
友達の二人は感動のためか泣いている。
彼らもきっと、いつか死ぬ。
だが、彼らはまるでそれを怖いと感じていないのだ。
死を口にすることを恐れてすらいない。
むしろ、それを怖がることをバカバカしいとすら感じてしまうらしい。
ベルナルドはもう一度スクリーンを見た。名前が下から上へと流れていく。此処に名前がある何人が死んでいるのだろう。もうほとんど生きてなどいない。これは言わば死者のリストだ。
自分の名前も、載ってしまう未来が見える。
ベルナルドはぼんやりと文字を目で追いかけた。
暗い部屋の中で、彼は静かに震えていた。
*****
彼の耳にある噂が飛び込んできたのは、卒業を目前にした四年生のある日だった。
「専門家が未知の文書を俺らの学校に投げて寄こしたんだと」
それは友達からの話だった。ちょうど昼食をとっていたベルナルドに、彼は言った。
少し前に、ある山から文書が発見された。専門家たちも知らない、初めて見る文字で書かれた古い文書だと言う。それの読解を試みた専門家が次々と諦めて、巡り巡ってこの大学にやって来たのだとか。
ベルナルドはそれが気になった。
一体どんなことが書かれているのか。
死について考える中で、様々な時代に芽吹いた死生観というものは彼の頭にインプットされていた。また新たな文明が書いたものだとすれば、ヒントも得られるかもしれない。
しかし、その文書にどうにかして触れるには、この大学でトップの成績をとっている必要があると彼は知った。なぜなら、その文書の研究チームを大学が作ると、その中に入っていたのはよく名前を聞くほどに成績優秀な生徒だけだったからだ。
その輪の中に入れて貰えなければ、文書の内容など到底知ることも出来ない。彼らもそれをチーム内で秘密にしているらしく、なかなか内容というものは外に漏れ出てこなかった。
ベルナルドはどうにか友達に手伝ってもらい、文書の内容を探ったが簡単に失敗し、続いて目をつけたのはある女生徒だった。
それがエリゼ・ジンデル(Elyse Zindell)だ。ベルナルドは、彼女が研究チームの一人と接触があることを知っていた。そして彼女の弱みを握って、情報を盗ませることに成功したのだ。
*****
その内容というものが、ベルナルドはとても興味深かった。まるでその文書を書いた人物は死後の世界に迷い込んだような体験をしたのだというのだから。
文書の下部は見つかっていないらしく、読解された上部だけで得た情報だけでも、ベルナルドは大きな希望を持つことが出来た。
エリゼには様々な餌を用意して動いてもらい、彼は準備を始めた。
それは、下部を探す準備だった。
永遠の命を求めて、彼は動き出したのだ。




