王都編 プロローグ
かつて、世界に存在する国は一つだった。
だが、次第に考え方の違いや言語などの違いで分裂していった。
一つできてはまた分裂し、一つできてはまたバラバラになる……気づけば、世界はたくさんの小国で構成され始めていた。
私がこれを記している時点では、皮肉にも一国の面積よりも魔族領の方が大きいといった事態へ発展してしまっているのだ。
そもそもなぜ、言語の違いなどが生じてしまったのか、なぜ国を左右するほど考え方が違ってきてしまったのか。
それは神の怒りに触れてしまったからに他ならない。
人は自らの力を過信しすぎたのだ。
皆が集まればなんとかなる、自分たちの力さえあれば神など関係ない。
いつしか、人々はそう考えるようになっていた。
おそらく、それがいけなかったのだろう。
現に今は、観測者を始めとして一部の限られた者しか、すべての言語を理解することができないのだから。
---王宮図書館 世界創造記より抜粋
*
領内に森の迷宮を抱え、魔王城に一番近い位置にあるこの国はニンゲンの国の中ではかなり大きい方だろう。
これには、勇者の存在が一役買っているとみて間違いない。
実際にこの国において、元勇者というのは魔王を倒した後は、基本的に国防を担うことになる。
一人で一つの軍隊に相当する魔王を倒した彼らは、他の国から敵に回したくないと思わせるには十分な効果があるのだ。
さて、そんな国の王都の路地裏を一人の少女が走っていた。
茶髪で目はエメラルドを思わせるような緑色をしている。
服装はお世辞にもきれいとは言えないが、腰に下げている剣は立派なものだ。
「いたぞ!」
通りの向こうの衛兵が少女を指差した。
彼女は踵を返して元来た道を走り始める。
「もうたくさんだ! 捕まってたまるか!」
少女は、勇者の称号を持つニンゲンの一人だ。
いや、正確に言えば“先代”の勇者である。
「はぁまったく……なんでこうなっちゃったんだろう」
何とか兵士をまいた先代勇者は重いため息をついた。
「どうしてこんな結果に……」
初めは、こんなのじゃなかった。
「ねぇみんなどうしちゃったの?」
気づけば、周囲はすっかりと変わっていた。
「なんで、昔と同じじゃダメなのよ。どうして私は仲間はずれなの? どうして私は受け入れてもらえないの? 私が勇者だから?」
久しぶりに友人に会っても誰もが覚えていないと口をそろえる。思い出を語っても、そんなことはなかったといわれる。
勇者というのは、そこまでねたみ嫌われる存在なのだろうか?
「私は……私は誰? 私は勇者……でも、それだけが私なの? そうじゃない。私は……私は!」
ときどき、唐突に頭の中をよぎる自分じゃない誰かの記憶……記憶が自分の歴史がかき乱されてぐちゃぐちゃに勝手に作り替えられていくような気持ちの悪い感覚とともに襲ってくるそれは、自分という存在を否定して、強引に皆にたたえられている『孤高の勇者』という存在に書き換えているような気がしてならない。
「ごほっがっはぁはぁ」
まただ。
頭の中をかきまぜられているような不快感にとてつもない吐き気を催す。
勇者になってから、時々感じていたこの感覚は、時を追うごとに間隔を狭めていて、なぜか自分の体は勇者になった当時から成長する様子を見せない。
普通に考えれば、庭先で遊ぶ大きくなった自分の子供を見て微笑んでいても違和感のない年齢のはずなのだ。しかし、体はあの日の少女のままである。
「はぁはぁ……どうしてこうなっちゃったのよ……私が……私が二つ返事で勇者になんてなったのがいけないの? どうしてなのよ!」
少女の複雑な感情を込めた声は、王都の裏通りに消えて行った。
読んでいただきありがとうございます。
『王都編』に入りました。
プロローグで出てきた先代勇者は、のちのち登場する予定です。
これからもよろしくお願いします。




