第八十六話 勘違いの悲劇
女の子の雰囲気が一気に変わったとたん、一気に部屋が寒くなった。
そう感じているというだけではない。先ほど、人形の水鉄砲によりできた水たまりが凍り、部屋全体で見れば屋内にもかかわらずなぜか、雪が降り始めた。
「わかりますよ。あなたが笑顔でいてもいなくても、彼女はあなたを見捨ててなんかいない。むしろ、今のあなたの笑顔を見ても悲しむだけだと思います」
状況がわからない誠哉を差し置いて、アリスはさらに続ける。
「彼女は、あなたと会いたがっているはずです。でも、今はそれができないだけ……ただそれだけなんです」
アリスが静かに語っていたが、その裏には複雑な感情があるように感じられた。
無表情になっていた女の子は、全身から怒りの色を浮かべて声を荒げた。
「あんたに何がわかる! あんたなんかに何がわかるのよ! あいつはあいつは私を見捨てたんだ! あいつのことなんか知らない! あいつが全部悪いんだ!」
天井に巨大な魔方陣が出現し、雪がどんどんと強くなる。
「あんたなんか消えちゃえ! 自然の力の前で消え失せろ!」
アリスは、一気に巨大な盾を形成して彼女の攻撃を防ぐが、部屋の中は吹雪となり完全に視界を奪われてしまった。
誠哉は、急ぎ炎系統の魔法を発動させて暖を取りつつ、アリスがカバーしきれないところに結界を張った。
「なんなんだ……めんどくさい」
「主。彼女は、この世界を保つシステムの一つでそうです。おそらく、この力はその一端だと思います」
「どういうことだ?」
「この世界の均衡を保っているのは道具じゃないってことですよ。彼女はニンゲンであってニンゲンではない。神様が隠した大切なものっていうのは彼女のことなんだと思います。神様は、彼女を観測者の手から守るために彼女を隠した。しかし、彼女はそれを見捨てられたと勘違いしてしまったんです」
誠哉の顔に驚きが浮かぶ。
これまで世界の均衡を保つシステムがコンピュータであるとばかり考えていたからかもしれない。しかし、実際は目の前にいる女の子がそれだというのだ。
先ほどまでただただ笑い声をあげながら、攻撃をしていた彼女の顔には、あの不気味な笑みはない。ただただ、深い怒りや悲しみを感じた。
「面倒だな……そういうことなら随分と話が変わってきそうだ」
勘違いから生まれた悲劇。
おそらく、神話の中にあるような話なのだから、数百年レベルでこの空間にいたのだろう。彼女が神様の現状とやらを知っていれば結果は180度変化していたのかもしれない。
そう思えてならなかった。
「だったら、何とかするしかないか……」
誠哉は、一つため息をついて頭をかいていた。
*
彼女の攻撃がやんできたのを見計らってアリスは、盾をしまう。
穏やかになった雪の向こうに見える彼女は、目にいっぱいの涙を浮かべてこちらをキッとにらんでいた。
「それが、本当のあなたですか」
「うるさい! 黙れ! あいつは、すぐに帰ってくるからって、いい子にしてたらすぐに帰ってくるからねってそういってた! 笑っていれば、いつか帰ってきてくれると思った! でも、あいつは裏切ったんだ! もう何百年も待っているのにあいつは来ない! あいつは、私を見捨てたんだ!」
「あなたこそ黙りなさい! あなたは間違っている!」
アリスの声は、部屋中に響き渡った。
それは、普段の彼女からは考えられないようなことだ。
「あなたと彼女の関係は分かりませんし、彼女がどんな人物か知りません。でも、彼女が本当にあなたを見捨てたんと思うんですか? 彼女に何かあったとか思わなかったんですか?」
「そんなことない! あいつは、お姉さまは強いんだ! 誰かに負けるなんてありえない! お前になんかお姉さまのことも私のこともわかるはずがない!」
女の子は、泣いていた。
涙を流しながら、首を振って必死にアリスの言葉を否定する。
「いい加減にしなさい。ユキ!」
アリスは、フーリから聞いていた彼女の名を告げた。
名前を呼ばれた彼女、いやユキは信じられないといった表情を浮かべていた。




