第八十一話 アリスの思い
ただひたすら、無機質な通路を誠哉とアリスの二人が歩いていた。
二人の間に会話はない。
ただ、誠哉の足音だけが静かな空間に木霊していった。
「主。本当にたどり着けるのでしょうか……」
「さぁな。でも、ここを進まなかったらどちらにしても、事件の解決はありえないから、めんどくさいけど、歩き続けるしかないと思うよ」
「そうですね……」
横を飛んでいるアリスの顔はとても暗かった。
やはり、仲間であるオリーブが目の前で死んだという事実が重くのしかかっているようだ。
「アリス……お前がそんなに暗い顔してどうするんだよ。みんな、アリスには笑顔でいてほしい……オリーブだってきっとそう思っている。だから、どんなに悲しくても笑ってろよ。面倒なことに人間っていうのは表面上に出している表情に感情を左右されるらしいから、ずっと悲しい顔してれば悲しいし、ずっと笑っていれば楽しい……そんな単純な話じゃないか……悲しいのは分かるけれど、今はそうすべきときじゃないだろ? だから、そういったのは全部終わった後にしようよ」
「主は……」
「ん?」
「あなたという人はよくそんなこと言えますね」
その声は、普段の彼女からは想像もつかないような涙声だった。
「アリス……」
誠哉は、彼女にかける言葉が浮かばなかった。
誠哉とて、何にも感じていないわけではないのだ。
当然、救えなかったことが悔しいし、彼女が死んだことは悲しい。
だが、今はそれを考えるべきと気ではないのだ。
「少しだけ、ひとりにしてください……おそらく、この先に阻むものがないというのは、本当でしょうし」
「……わかった。そのかわりすぐに追いついてこいよな。面倒なことにボク一人じゃどうにもならないからさ……」
誠哉は、アリスの顔を見ずに歩き始める。
その背中を見送ったアリスは、誠哉に聞こえないよう小声で背後に話しかけた。
「いるんでしょ? フーリ」
「あらま。やっぱり感づかれてたんだ……いつから気づいてたの?」
「最初。この場所に着てから……」
「あらら、さすがにアリスにはかなわなかったか…さすがね」
無機質な風景の一部が変化して、フーリが姿を現した。
「どういうつもり?」
「どういうって、わかってるんでしょ? ここは、立ち入り禁止区域……この世界において隠されなければならない場所でしょ? だからこそ、ここを管理するために私たち妖精がいる……まぁあなたが知らなかったようにこの場所を知っているのは、ほんの一握りの妖精だけ……それほどの禁忌なのよ。この場所にくることは」
「……そういうわけですか」
アリスの中で次々と疑問点がつながっていき、一つの答えを導き出す。
あの結界や石碑に書いてある神話の内容の違い、そしてこの施設が立っている場所……すべてを説明できるのはフーリが言ったとおりだった場合のみだ。
フーリは、ゆっくりと飛びながらアリスに近づいていく。
「まぁ別段、アルドンサ様から手は出さないようにってくぎを刺されちゃってるから、どうにもできないんだけどね……ただ、この先に進むなら覚悟をした方がいい。恐らく、見たくないものを見ることになるし、知りたくもない現実を知ることになる……そう、簡潔に言えば一生後悔し続けることになるかもしれない。それでも、この先に進むか? 戻るというなら、あるルートを使って妖精の村に直接変えることもできる……私は、どちらも強要するつもりはないよ……ただ、どちらにしてもこの場所の存在を知った罪は償ってもらうことになるだろうけど」
フーリは二つの選択肢を示しているが、実際は一択だろう。
彼女の表情を見ればなんとなくわかる。
おそらく、この先に進むといっても強引に村に戻すつもりのはずだ。
彼女の表情からは、ありありと決意の色がうかがえた。
しかし、アリスはここで引くわけにはいかなかった。
主である誠哉がこの先にいるからというわけではない。自分の意志でこの先に進もうと決意したのだから……
「私は……村には戻らない。この先に進む」
「そうか……なら、仕方ないな」
あれほどの決意の色を見せながら、あっさりと引き下がったフーリに若干の疑問を感じた。
とりあえず、彼女が開けてくれた道を進もうとしたその時である。
アリスは、背中に大きな衝撃を感じた。
「力づくでも連れ帰る」
フーリが放った攻撃が、アリスの背中に命中したのだ。
「私は、帰らない! 絶対に!」
「その決意捻じ曲げてあげるよ!」
こうして、のちにこの事件に大きく関与しながらも歴史に残ることのない妖精同士の戦いの火ぶたが切って落とされた。




