第七十五話 オリーブと先生(前編)
周りをぐるりと探してみるが、セイヤの姿は見つからなかった。
「逃げられましたね……まったく……あなたの主は、とんだへたれだったみたいですね。アリス」
「そんなことありません! 主は、主は逃げたりしないはずです!」
「さぁ? どうだか?」
確かに、セイヤが仲間を見捨てるタイプのニンゲンでないことは知っているが、ここで認めてしまってはこちらとしてはかなり尺だし、正直これ以上彼と戦闘するのは避けたいというのが正直あるのだ。
「でも、見つからないことにはどうしようもないか……自分だけの戦い、待。森宮探索、動」
それにしても、不思議なものだ。
これまで仲間として近づいて裏切るなどということは何度も繰り返してきたのに、これほどまでに罪悪感があるのは初めてだ。
セイヤを探すために歩き出していたオリーブは、ふと足を止めて空を見上げた。
「まったく……なんでこんな気持ちになるのかしらね……先生」
オリーブは、ある人物のことを思い出していた。
*
時はさかのぼり、オリーブがまだ純粋な人間のこどもだったとき。
オリーブの家は王都周辺にある小さな町にあった。
オリーブの両親は、その町で宿屋を営んでいて、こどもだったオリーブもよく店に顔を出していた。
オリーブがのちに先生と呼ぶ人物も宿に来た客の一人だった。
「いらっしゃい。ご宿泊ですか?」
「あぁ。一ヶ月ほど滞在する。釣りは私が街を出るときに返してくれ」
ひげ面の男は、それだけ言ってどっさりとお金の入っているであろう袋を店主である父に渡した。
父は、それを大切そうに受け取ると、中身を軽く改めた。
「これは……」
「早く部屋へ案内してくれないか? 疲れているんだ
「はっはい! すぐに! オリーブ、空き部屋があるか見てくれないか?」
「わかった!」
中身にどれだけのお金が入っていたのかわからないが、血相を変えた父に促されるまま、オリーブは宿の奥へと駆け込んでいく。
王都近くにあるうえに、王都の宿と比べると値段も安いということもあって宿は繁盛しており、一番奥の部屋以外は満室だった。
そのことを父に伝えると、父は丁重にその男を奥の部屋へと案内する。
「ありがとう。お嬢ちゃん……」
男は、そう言ってオリーブの頭をなでると父について廊下の方へと立ち去って行った。
*
男が宿に来てから数日後、彼の姿は食堂にあった。
宿をとってからというもの、夜以外はずっとどこかへ行っていたようだったので、彼が昼に食堂へ姿を現したのは初めてだった。
食堂の端で、オリーブが男を見ていると、彼はこちらを見て手招きをした。
オリーブが自分を呼んでいるのかわからなかったので、指で自分を指してみると男は首を縦に振った。
「なんでしょうか?」
「いや、オリーブちゃんだったかな? が、こっちを見てるようだったからね。何かある? いや、ボクが昼間に食堂にいるのが珍しいってことか……うん、そうに決まってるね。そうだろ?」
「はい」
自分がジッと見ているのが不快だったのだろうか?
オリーブは不安になって、うつむいてしまった。
その頭の上にポンと軽く手が乗せられる。
「そんなに暗い顔しないの。だってさ、ほら……君はかわいいんだから笑っている方がいいよ。うん。絶対にそうだ」
男は笑っていた。
オリーブは顔を上げると、にっと笑顔を作る。
「そうそう。君はその方がいいよ」
男がオリーブの頭をなでると、髪の毛がくしゃくしゃになってしまった。
「あぁごめんごめん……そうだ。これからボクの部屋に来るかい?」
「うん!」
「よし! そうしようか!」
これが、先生とオリーブの出会いだった。
この日を境にオリーブの人生は大きく変わることになる。




