第六十二話 観測者の少女
迷宮の奥深く、誠哉の前に突如として姿を現したのは、巨大な遺跡のような建造物だった。
このようなものがあるとは聞いていないし、座標を計算したところいつの間にか、結界があるとされている位置を超えていたため、知らぬ間に結界を抜けていたことになる。
「いや、そんな都合のいいわけがない。きっと、何かあるはずだ」
「あら、見抜かれちゃった? 幻術の腕には自信があったんだけど」
「誰だ!」
後ろからの声に誠哉が振り返るとブーケを持たせたら、少し幼い花嫁に見えなくもない純白の衣装に身を包んだ少女が立っていた。
顔は日本人的で感情のない真っ黒な瞳はまっすぐ誠哉をとらえていた。
「私の名前なんてどうでもいいわ。ただ観測者の一人。とでも言っておきましょうか」
観測者を名乗る少女は、不敵な笑みを浮かべて誠哉に歩み寄る。
その雰囲気は、どこか鈴菜を思わせるような雰囲気があるのは、彼女から発せられる魔力がどこか似ていたからだろうか?
警戒する誠哉に対し、観測者は余裕の笑みを顔に張り付けたままだった。
「あなた。自分が何をしようとしているのかわかってる? 今や、神は我々観測者の手の内にある。ま、私がわざわざ降りてきた理由っていうのは、あなたが今回の件から手を引くことを促すためよ。幻術に都合よくはまってくれれば勝手に記憶を失ってくれて楽だったんだけど……」
気づけば周りの風景は激変していた。
上も下もわからないほど真っ白な部屋に8つの黒いイスが円卓を囲むようにおいてあり、円卓の中央には巨大な鏡のようなものがはめてあった。
ただ、重要視することはこの風景ではなく、彼女のしぐさだ。
通常、魔法を使う際は無歌唱であっても何かしらの動作が必要だ。一般的には軽く指を鳴らすというもので、それ以外には神話の話をしていた時の鈴菜のように本を開くというものなど様々だ。
おそらく、先の戦いでも鈴菜は人形に指示を出す際に何かしらのしぐさをしている可能性があり、それを探していたのだが、見つける前にやられたという経緯がある。
しかし、この少女はどうであろうか?
話している間にごく自然な動作で誠哉をこの空間に送り込んでいる。
これは、相当高度な技術を用いて魔法発動の動作を小さくする必要があり、彼女が只者ではないということがうかがえた。
そうなってくると、彼女が観測者だというのもあながちウソではないのだろう。
「ともかく、手を引けって言われても面倒なことにひけないんだよね。とりあえず、元の場所に戻してくれるとありがたいかな。それと、今回の件とやらをはっきりさせたいんだけど」
おそらく、この空間は彼女のホームであり、自分は完全にアウェーなのだが、誠哉はそんなことお構いなしだった。
その態度を見た少女は、まるでおかしなものを見たかのようにクスクスと笑いだした。
「何かおかしなこと言った?」
「あら、悪かったわね。そんな風に返してくるとは思わなかったわ。そうね、私が手を引いてと言っているのは、神話に書かれている“大切なもの”のことよ。あっさりとは引けないでしょうし、それなりの対価は払うつもりよ」
「対価ね……」
「えぇ、だってあなたは今、迷宮の中をぐるぐるさまよってるだけだからいいかもしれないけれど、その後どうするつもり? 一生を迷宮の中で過ごしたいっていうなら文句は言わないわ。でも、外を気ままに旅したいなら先立つものが必要でしょう? あなたは、知らないかもしれないけれど大変なのよ。こっちでは、あなたがもといた世界よりもお金が稼ぎにくいのだから……どう? 今なら、あなたが“大切なもの”を探しに行くという事情を消去して、魔王と勇者の戦いを回避するためにあの子たちと行動を共にするっていう歴史に改変するっていう特典付き。どうかしら?」
少女は、不敵な笑みを浮かべながら誠哉の目をまっすぐと見据えていた。
「どうしたの? 早く首を縦に振りなさい」
「仮に首を横に振ったらどうなる?」
「あら、それを聞くということは、この話を断ろると取っていいかしら? まぁいいわ。あなたが、首を横に振ったところで私は何もする気はないわ。ただ、あなた一人であれほどのことがやり遂げられるかっていうことを心配してあげているだけ……まぁ返事は少し待ってあげるわ。一応、時間は止めてあるから安心しなさい」
そういうと、少女は無数の霧になって消えて行った。
その場に一人残された誠哉は、円卓を囲むイスの一つに座り、少女が戻ってくるのを待つことにした。




