第五十七話 魔王の悩み
鈴菜の別荘を出たマアサは森の中を歩いていた。
そもそも、勇者とは魔王を倒すための存在でそれを使命として生きている。
いくらなんでも、勇者を通じてうまいことニンゲンと和平交渉を進めようというのはほぼ不可能だろう。
そもそも、魔族とニンゲンが友好的な関係を結べるようにと願い始めたのは至極最近のことだ。
当初、兄に勇者であるアンナが近づいて行ったのを確認した時は、彼女の手の内を見る目的……平たく言えば自らがスパイとして接近したのだ。
そもそも、あの時点では兄がその地位を放り出して旅に出たため、再びマアサが魔王の座についたなどという話はニンゲン側へと伝わっていなかったのでより好都合だった。
今、振り返ってしまうといろいろと利用しようとしたのに情が移ってそれが無駄になることが多いかもしれない。
そこらへんにマアサが『稀代の魔王』などと呼ばれている所以があるのだが、それは今となっては関係がない。
「何が間違っていたのか、よくわかりませんわ」
正直なところそこにつきた。
自らの命を守るため、別の者を魔王として建てようとして、セイヤを召還したのだが、結局逃亡されてしまい、森の中で再会した時の様子を見て自分が魔王の座に戻ることを容認してしまった。
これが、ある意味失敗だったのかもしれない。
あの時、やってきたメイド長に無理やりにでも兄を魔王城に連れ帰るように命じていれば多少は結果が変わっていたかもしれない。
すべては、自分が甘いのが原因だ。
マアサは大きな木に寄りかかった。
向こうの茂みでがさっという音がしたが、魔物の気配はしなかったので特に警戒はとかなかった。
「随分と落ち込んでるのね。稀代の魔王さん?」
聞き覚えのある声がしたと思ったら、引き寄せられるようにあちらこちらから光の塊がマアサの前に集結していった。
やがて、それらが集まるとマアサの目の前に真っ白な服に身を包んだ少女が出現した。
「あなたが何の用ですの?」
「おや、随分な物言いなのだーなんつって……情に流されて苦労するなんて本当に馬鹿らしいわね。あなたは」
目の前に現れたのは『楽園の断罪者』という二つ名を持つ観測者マリーズ・アドリーヌ・エルプである。
彼女は光を操る能力を持っていて非常に威力、汎用性ともに高いのだが、観測者最弱という非常に不名誉な称号を持っていたりする人物だ。
「何がいいたいんですの?」
「あなたは無駄な抵抗してないで魔王としての責務をさっさと果たしなさいってことよ。それとも、あの勇者と戦うっていう義務をまんま愛しのお兄様に押し付けて行方をくらますの?」
「そんなことをする気はありませんわ」
その声は凛として、森の中に響いた。
アドリーヌは、これまたあくどい笑みを浮かべていて、なんだか不吉な予感を感じさせた。
そもそも、観測者というのは神に近い存在であり、神ではないのだが、それでも実力者となればマアサでも勝てない。
彼女一人ならまだしも、他の観測者まで出てきたらどうあがいても勝ち目はないだろう。
「何をたくらんでいるか気になってるみたいね。まぁ私として……いえ、我々としては、出来損ないの神様が造ったこのくだらない世界を変えたいのよ。あれが直接作った制度ではないとはいえ、勇者と魔王が戦うっていう制度も変更対象のうちなの。協力してくれないかしら?」
空中に浮いて、優雅に足を組んでいる彼女はまるで自分が頂点で絶対的に有利な立場であることを示すかの如く見下すような目でマアサを見ていた。
「協力とは具体的なことを聞かせていただいてよろしいですの?」
「それは了承ととらえていいの?」
「いえ、さすがの私も条件も聞かずにホイホイと返事をするわけにもいきませんので」
アドリーヌはいかにもつまらないといった様子でマアサの目をジッと見た後にポツリとつぶやいた。
「あなた……今すぐ死になさい」




