第五十五話 勇者の使命
「あら、まずいこと言ったかしら」
鈴菜のその一言は、この状況を楽しむような口調だつた。
「マアサ。あなたが魔王なの?」
「……えぇ。正解ですわ。だとしたらどうするおつもりですの?」
アンナは少し距離を置いて聖剣を抜いて、その切っ先をマアサに向けた。
周りの風景は、いつの間にか鈴菜の別荘に戻っていて、家主である彼女は、少し離れた場所でせっせと結界を張っていた。
「勇者がなぜ、存在するのか……それは、魔王を倒すためです! だから、私は私たち人類のためにあなたを倒します!」
「なるほど……あくまで強情というわけですわね。まぁこちらとしても変に手を抜かれるとやりにくいので、むしろ助かりますわ。それと……」
臨戦態勢のアンナをよそにマアサは、鈴菜の方をにらんだ。
「本当にいつもいつも余分なことをさらっと言いますわね。それも、割と重大なことばかりですし」
「あら? そうかしら……私としては、ちょっとした反応を楽しみたいっていう僅かながらにのこっている人間らしい感情で動いているつもりだけど?」
「まったく……あなたは、普通のニンゲンだったころから人をいじめて楽しむタイプでしたわね。それも、満面の笑みで人をののしったりという名残でしょうか? 確か、ドSとか言いましたっけ?」
「勇者たる私は無視なのね! まぁいいわ! 魔王城で首を洗って待ってなさい!」
自分を置いていく形で会話されていたのが、余計に気に入らなかったらしくアンナは、勢いよく鈴菜の別荘を飛び出していった。
その後をすぐにオリーブが追いかけて行って、誠哉もその後に続こうとしたが、マアサに肩をつかまれ、それはかなわなかった。
「マアサ!」
「お兄様。勇者なら、オリーブがついているから問題ありませんわ。それよりも、聞いてほしいことがありますの」
振り返ると、マアサはこれまでにないほど真剣な顔をしていたので、誠哉は抵抗するのをあきらめて彼女の方に向き直った。
「何? 面倒だから……」
「えぇ、手短に済ませますわ」
誠哉の言動の先を読んだらしいマアサは、魔法を使って分厚い本を目の前に出現させた。
「これから、恐らく魔王と勇者の対決が始まりますわ。そこの女の所為でこれはほぼ確定事項といても過言ではありませんわ。あの時、お兄様は地位を放り出してすぐに旅に出られてしまったので、知らないかもしれませんが、私から見て王位継承の第一位……つまり、次代の魔王は自動的にお兄様となっておりますの。こればかりは、どうしようもございませんのであとは頑張ってくださいまし」
「おい! 何を言って!」
マアサはスッと左手を出して、誠哉の動きをとめる。
鈴菜は、無表情ながらにどこか達観したような雰囲気で紅茶を楽しんでいた。
「魔王と勇者の戦いには二つの重要な取り決めがございますの。これは、勇者側には知られていないことですので、決して勇者であるアンナに漏らしてはいけませんの」
彼女は、大きく息を吐き、少し深呼吸をしてから手元にあった分厚い本を開いた。
「一つ目。魔王は、勇者に戦いを挑まれた場合、いかなる理由があろうとも受けなければならない。二つ目。魔王は、新しい勇者誕生の知らせを受けたら人間に対し宣戦布告を行わなければならない。三つ目。勇者との戦いは必ず、謁見の間で行い、そこまでの道のりで自身の力を行使してでの間接的、直接的な攻撃をしてはならない。なお、勇者側からの申し出により戦いが挑まれた場合は例外とする。四つ目。魔王は勇者に勝ってはならない……主なものはこの四つですわ」
告げられた魔王のルールを聞いて、誠哉は絶句した。
先の三つはまだ理解できる。おそらく、魔王自らの奇襲や魔王が戦いを拒否するのを防ぐためのもので、勇者側にも似たようなものが課せられているのかもしれない。
しかし、四つ目がどうしても納得できなかった。
「納得できてないようですわね。しかし、こればかりはしたかありませんわ。過去の魔王が決めたルールですので……」
「えぇ。ニンゲンと魔族の関係を良好に保つためには、勇者が負けたら都合が悪いのよ。誰がそんなことを考えたのか知らないけど……でも、このまま魔王と勇者が戦わないというのは、かなりまずいことになるからこういった形で介入させてもらっただけよ。マアサもさっさと、ニンゲンと魔族の和平なんてあきらめて城に戻りなさい」
「わかりましたわ。まったく、これだからあなたは嫌いですの」
「まんざらでもなさそうだけどね」
マアサは、乱暴に扉を開けて家を出て行った。
こうして、この場には誠哉と鈴菜、アリスだけが残される形となった。




