幕間 魔王様と観測者
たまっていた仕事を終えたマアサは、自分の執務室のイスに腰掛けた。
目の前には、いまだに高く書類が積み上げられていて、これらを終わらせるのは並大抵のことではないだろう。
「はぁまったく。なんで、こんなに執務が多いんですの……」
魔王の仕事イコール世界征服みたいに見られがちだが、実のところそれだけではない。
実際問題、ここから少し離れた場所に魔王領があり、そこの政の決定権を持っているのは当然ながら魔王であり、それを除いても城内で起こる様々な問題が持ち込まれる。
もちろん全部が全部やっていては、さすがに体が持たないため、ある程度は部下にやらせていて、重要な案件のみ自分のところに持ってこさせているのだ。
「さてと……あと一仕事ですわね」
大きく伸びをしようとして、残りの執務に取り掛かろうとしたその時である。
「邪魔するわ」
抑揚のない冷たい声が聞こえたかと思うと、目の前に真っ黒な髪を腰ぐらいまで伸ばし、真っ白なウェディングドレスのような服装をした少女が現れた。
マアサは、少女を見るなり、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるが、すぐにいつも通りの表情に戻した。
「久しぶりね」
「えぇそうですわね。それで? どういった御用ですの?」
少女は、部屋の中央に置いてあったソファーに腰かけると、机をトントンとたたきだした。
「この城はお客様に対して、お茶の一つも出せないの? まったく、これだからこんな小娘の魔王は嫌なのよ。ほら、そんなところに座ってないでさっさとお茶を入れなさい」
マアサは、感情をできる限り表に出さないように注意しながら、指をパチンと鳴らして少女の前に紅茶と砂糖、ミルクを出現させた。
「カモミールね。私としては、レモンティーの方が好みだけど、嫌いじゃないわ」
「それはどうもありがとうございますの。それで? ご用件の方はうかがっても差支えありませんの? 偉大なる観測者アルドンサ様」
アルドンサと呼ばれた少女は、無表情を貫いたまま紅茶に口をつける。
「焦らないでちょうだい。私は暇なの。少しぐらい暇つぶしに付き合ってくれてもいいでしょ。と言いたいところだけど、気分が変わったわ。耳の穴をかっぽじって、脳みそ振る回転させながらよく聞きなさい」
マアサがうなづいたのを確認すると、アルドンサは自分が来訪した目的を話し始めた。
最初こそおとなしく聞いていたマアサだったが、内容が内容だったがためにいつまでも平静を保っていられなかった。
「どういうことですの!」
「言ったとおりの意味よ。私としたことが計画のほころびに気付けなかったのよ。だから、正しい方向へと修正するわ」
「歴史の修正? ふざけないでくださいまし! それが、どれほどの影響があるか!」
「わかってるわよ」
魔王であるマアサが激高しているにもかかわらず、アルドンサは涼しい顔で紅茶に口をつける。
「わかっていたらなぜ!」
「黙りなさい」
アルドンサの声は小さかったが、それにはマアサを黙らせるのには十分すぎるほどの威圧が込められていた。
マアサは、それに負けるようにおとなしくソファーに座った。
「あなた、自分の立場がまったく理解できていないみたいだから、言わせてもらうけど、あなたはいつから私に対して反論する権利を持ったわけ? 死にたいの? それとも、この場で死んでくれるのかしら?」
乱暴にカップを机の上に置くと、立ち上がってマアサを見おろすような形で横に立った。
「ねぇどうする気? 私が本気になれば、あなたみたいな小娘を闇に葬るのなんて簡単なのよ。死にたくなかったらおとなしく協力しなさい」
冷たく抑揚がない声とひどく冷たい目で見下ろされ、マアサは言葉を紡げないでいた。
それを反抗とみなしたのか、アルドンサは思い切りマアサの腹にけりを入れた。
「気に入らない。これまでの魔王の中であなたが一番最低だわ。とりあえず、やってくれるわよね?」
冷たい笑みを浮かべている少女に対して、マアサはただただうなづくことしかできなかった。
そんなマアサの様子を見た少女は、わずかながらに満足そうな表情を浮かべて、どこかへと消えて行った。
読んでいただきありがとうございます。
実を言いますと、今回の話で出たアルドンサ以外にもすでに観測者が登場しています。
それが誰かというのも後々明かしていきたいと思っています。
これからもよろしくお願いします。




