第二十九話 森の低木
魂の大樹の一件の次の日。
誠哉は、背の低い低木の前にいた。
昨日、結局マアサの助けがなかったらかなり危うかっただろう。
自分の中で大きく冷静さを欠いていたためだ。
「にしても、あいつは何を言おうとした」
魂の大樹が言いかけた言葉……それに含まれていた“観測者”という言葉にどこか聞き覚えがある気がしたのだ。どこでかは思い出せないし、それが何を意味するかも思い出せないのだが、とても重要な意味を持つ気がした。
「観測者か……」
誠哉の視線は自然と上を向いていた。
*
誠哉がマアサたちのところに戻ると、そこには昨日から目を覚まさないアリスとそれを見守っている三人の姿があった。
「まだ、目を覚まさないか……」
「えぇ。そうですね。私の見たところじゃ妖精としての力を開放しちゃったのが原因ですね」
答えるオリーブはその目線を手元の本に落としたままだ。
「面倒なことにやばい状態だったりするのか?」
「別にそんなことはないわ。まぁ出ているのは一般的な魔力切れと似たような症状ね。今日一日寝れば明日には元気になってるわね」
「そうか……」
自分のてのひらの上にぴったりと収まるほど小さなこの体にあれほどの力を秘めていたのだと誰が信じられるだろうか?
目の前で実際に力を使われても、いまだに信じきることができない。
しかし、オリーブ曰くあの木は本人の実力の限界を引き出させることができるだけで別段、操られている人間が実力を超えて強くなることはないのだという。
つまり、アリスの根底にはそれほどの実力が隠れているということだ。ぜひとも敵には回したくない相手だ。
「お兄様、あまり気分を落とさないでくださいまし。今回のことは誰かが悪いということはありませんの」
「そうそう。そもそも君が悪いと思うようなことは一切ないんだから気にしちゃダメだと思うよ」
「……そうだな。それに目が覚めたときにみんなが暗い顔してたら、アリスが悲しむかもしれないってこともあるのか?」
「えぇ、そうですわ」
マアサがにっこりとほほ笑むとつられるように誠哉の顔にも笑顔が浮かんできた。
周りを見ればオリーブやアンナも笑みを浮かべていて、どことなくいつも通りのみんなに戻りつつあるように感じた。
「さて、次は私の番ですの。それでは……」
マアサが立ち上がって、茂みの方へ消えて行った。
今、交互に周りの森を探索しながら食料を探しているのだ。
魂の大樹との戦いの際、木の根元に置いてあった荷物が丸々燃えてしまったのだ。
そのためまずは、早急に食料を確保する必要が出てきたのである。
幸いにも適当に果物を持ってくればオリーブが食用にできるか判断してくれるため、変な毒入りのものを食べる不安はほとんどない。
だが、そう都合よく食用の果実など落ちていないというのが現実でまともな量の食糧が集まるかどうかすら怪しい状況だ。
「それで? どうするつもりなの?」
「どうするって?」
「迷宮探索よ。このまま続けるのは確定として、いったん町に戻るかどうか聞いてるの」
おそらく、アリスの体調を心配してのことばだろう。
魔力切れでひどい目に合っている彼女からすれば、もっともな意見かもしれない。
「それはまた、様子を見て考えるよ。ちょっとだけ席を外す」
そういうと誠哉は立ち上がって、茂みの奥で先ほど見つけた低木の前に再び立った。
なんだかよくわからないが、この低木に違和感を感じるのだ。
迷宮の木々は総じて背が高い。
だからというわけではないのだが、地表には意外と日の光が届いている場所が少なく、太陽の恩恵を受けられない低木はあまり育たないはずなのだ。
なのに、いやに開けた場所にある目の前の木は青々としていて、まっすぐと枝を天に向けている。
もしかしたら、この場所に何かあるのだろうか?
そう考えた誠哉であったが、今はここの探索に割いている時間はない。
誠哉は、目印となるように真っ白な小石を木の前に置き、アンナたちがいる方へと戻っていった。




