第二十五話 魂の大樹
誠哉とオリーブは、少し離れた茂みの中からアンナたちの様子をうかがっていた。
オリーブの話を聞いているうちに木から離れてしまったことに気づいてすぐに戻ってきたのだが、皆の様子がおかしかったため近づくのをためらっていたのだ。
「失敗でしたね。あれは魂の大樹だったようですね」
「魂の大樹? なんだかまた、面倒事の気がしてきた……」
「確かに面倒事ですね。みなさんあれにやられちゃってるみたいですし」
木の下にいるアンナたちは、どこか上の空で意識がはっきりしていないように見える。
誠哉から見て手前側にアンナ、奥にマアサがいて、アリスはきの上の方にいるのがかろうじて確認できた。
「それで? 魂の大樹ってのは?」
「魂の大樹というのは、迷宮にまれに生えている大木で、その気に触れたものの魂を奪うとされています。なんでも、昔のことを急に思い出して、それに浸っているうちに魂を食われてしまうだとか、木に操られて仲間を攻撃してしまうとかいう話をよく聞きますね」
誠哉はため息をつきながら頭をかき、口を開いた。
「なるほど……仮にそれが本当なら、この上なくめんどくさいな……対処法は?」
「操られている人間を木から離せばどうにかなりそうですね。まっ最悪お仲間と戦うことになりそうですが」
「はぁ。あいつらを相手にしろってか? この上なくめんどくさいな」
ときどき忘れがちだが、マアサとアンナはそれぞれ魔王と勇者であり、実力でいえばともに世界最強と言っても過言ではないはずだ。
そして、意外なことに厄介なのがアリスである。彼女自身の実力は二人に比べればしたかもしれないが、いかんせん上空を飛んでいるという点で一番厄介だ。
「それで? どうする?」
「そうですね。私がアンナ君を何とか引き離すのでマアサ君とアリス君をお願いしますね。セイヤ君が言う面倒事にならないといいですけど……」
「二人か……面倒だけど、仕方ないかな」
「えぇ。一人でも面倒ですがね」
オリーブは勢いよく茂みから飛び出してアンナに接近していった。
その様子を横目で見ながら誠哉はマアサがいる側へと移動する。
パッと見る限りでは、マアサは寝ているように見えた。
万が一にも彼女に気づかれないように誠哉は抜き足差し足で彼女へ近づく。
すると、木の反対側……アンナのいる方角から大きな爆音が聞こえ、地面を大きく揺らした。
「セイヤ君! マアサ君への接近は十二分に気を付けてください!」
アンナがいた方向を見ると聖剣を抜いているアンナと対峙するオリーブが見えた。
彼女は白い羽のような装飾がついた拳銃のような武器を二丁構えていて、いかにも臨戦態勢と言った様子だ。
どうやら、彼女が言う最悪の事態に直面しているとみて間違いなさそうだ。
そうなると、こちらもマアサとの戦闘を覚悟しなければならない。
相手は曲がりなりにも魔王だ。彼女が本気で挑んできたとして、いったいどれほど持つだろうか?
「あなたは敵ですの? 違いますの?」
アンナの方に気を取られているうちに気づかれてしまったらしい。
こちらを見ているマアサの目はどこかうつろで彼女自身異質な雰囲気をまとっていた。
「さぁな。面倒だから、ノーコメントでいいか?」
「わかりました。攻撃を開始いたしますの」
「その様子じゃどっちにしろってところだな。めんどくさい!」
懐から魔道書を取り出して、彼女へ接近する。
勝負の条件はいたって簡単。彼女を木から離せばこちらの勝ち。そうでなければ負けというだけだ。
「遥かなる大地よ。我に力を!」
彼女の呪文に合わせて地面は大きく振動し、足元から多数の植物が生えてきた。
炎系の魔法を多用する彼女にしては珍しいことだから、操っている魂の大樹がそうさせているのだろう。
「なるほど……植物の盾か……」
枝にとげがある樹木で覆われた壁の向こうにいつも以上に目を真っ赤にしたマアサの姿が見える。
誠哉は、魔道書を開いた。
「面倒だけど、すべて焼き払わせてもらうよ」
事前の下準備はないが、目の前にこれほどの可燃物があるのだ。
誠哉の手から放たれた小さな炎は木の枝を焦がし、一気に燃え広がる。
「まっこの程度じゃ死なないでしょ。面倒だけど、接近するしかないよな」
さらに自分の周りに魔方陣を描き、結界を張り巡らせる。
そして、いまだに火がくすぶっている植物の盾の残骸を踏みながら、魂の大樹の方へと歩いて行った。




