第二十四話 妖精の村(後編)
儀式当日の朝。
アリスは、小さな鏡を見て身だしなみを整える。
長老が言っていることが本当ならば、皆の注目を集めるからだ。
そうしているうちに、思っているよりも落ち着いている自分がいることに気が付いた。
「おはよ、アリス!」
「おはよう……ってどこから入ってきたんですか?」
「いやーね。気にしない気にしない!」
陽気に笑いながらポンポンとアリスの肩をたたくのは、昔からの友人にして色黒の妖精フーリだ。
神出鬼没でいつもあらぬところから現れる彼女は、どういうわけかアリスの家の中にいた。
別に鍵をかけているわけではないので、簡単に入ることはできるのだが、鏡が置いてあるのはその玄関のすぐわきだ。
つまり、玄関からの侵入者があれば鏡越しに見えなければおかしいということになる。
当のフーリはというと、まんざらでもない顔で頭をかいていた。
「まったく……勝手に入ってきちゃ困りますよ」
「いやーごめんごめん。すぐに帰るからさ……それと」
フーリはアリスの肩をぐっとつかみ、自分の顔へ寄せた。
「安心しなよ。儀式で選ばれたところで一年近い猶予がある。それまでに私が外の世界についていろいろ教えちゃうからさ」
「えっ? どうし……」
どこから情報を得たのか聞き出そうとしたが、他でもないフーリに口をふさがれてそれはかなわかなかった。
「他者へは口外するな。だろ? まぁ私が帰ってこれたんだ。あまり気を落とすな」
耳元でそうささやいた後、何も言わせないとつもりだといわんばかりに姿を消してしまった。
彼女が魔法を使うのがうまいとは聞いていたが、ここまできれいに消えてしまうとは知らなかった。
アリスは、二度か三度周りを見回したが、彼女の姿は完全に消え失せていた。
「どういうことでしょうか……」
考えられる可能性としては、彼女が儀式で妖精が選ばれる基準を何かしらの理由で知ってしまったというところだろうか。それで、わざわざ自分のところへやってきた……そんなところかもしれない。
「ってこんな時間!」
気づけば、太陽は完全に昇っていて儀式が始まる真昼が近づいていた。
アリスは、近くにあった上着を手に取り、パッと身支度を整えて家を飛び出していった。
*
その後、儀式はつつがなく進行されて、長老の言葉通りアリスが外へ出ていく妖精として選ばれた。
長老のところにあいさつに行くと、儀式の意味やら外に妖精を出す理由を聞かせてもらえた。
何でも、小さな集団が外界とのつながりを廃絶して暮していれば、やがて文明は停滞し衰退していくのだという。
だからこそ、多少のリスクを冒してでも外の世界へ出て、技術や文化を持ち帰ってきて広めていく必要があるのだと。
そんなことを聞いたところでアリスの心が晴れるわけでも使命感が生まれるわけでもなかったが、長老の手前そんなこと言えずに黙ってうなづくだけだった。
くたくたに疲れて家に帰れば、すでにフーリが家の中にいて、待ってましたといわんばかりに立ち上がった。
「やぁ長老の長話にバカ正直に付き合ってたんだ。ご苦労だったね」
「それはどうも……どうしたんですか?」
「いやいやーだからね、外の世界を経験している私が気をつけなきゃいけないことをレクチャーしようっていうわけ!」
フーリはクルリと一回転してからドカッとソファーに腰掛ける。
「それにしても、やっぱりアリスだったか。うん。さっすが私さえてるー!」
「……どうしてわかったんですか?」
「えっ? いや、外に行けばわかるよ。なんで自分が選ばれたのかってのは外に出るまでは分からない。ただいえることはあまり怖がるな。外は面白いから帰ってきたくなかったら帰ってこなくても結構だし」
言葉を紡ぎながら、フーリの手はアリスに腰掛けるように促していた。
アリスは、ため息をついてから彼女の横に座る。
「それに意味ぐらい聞いているだろ? とりあえず、やることはやってもらわないと困るけどな」
そこから、フーリの外の世界の魅力についての話が始まり、夜は更けて行った。




