第二十三話 妖精の村(前編)
ずっと上の空で話を一向に聞いてくれないアンナの下を離れて、気分転換も兼ねて木の上の方へ飛んで行った。
そこから下を見ると、何やらまた考え事を始めたアンナと木の幹にもたれかかって黄昏ているマアサの姿が見えた。
どうやら、誠哉とオリーブは茂みの中に入ってしまっているらしく姿が見えなかった。
木陰から出てきたため、じりじりと暑い日差しが小さな体を焼くが時々吹く風が気持ちよくて、思わずそこにとどまって風を待ってしまう。
「なんでしょうか……前にもこんな時があったような……」
こんなふうに空で風を浴びている日は数えきれないほどあるが、なんとなく懐かしい気がしたのだ。
なぜだろうかと追及すると、意外とすぐに答えが出てきた。
「そういえば、ちょうど一年前のこんな日だったかもしれませんね……」
アリスは、愛しの主と出会う少し前の出来事を思い出していた。
*
森の迷宮の奥部。
魔王城にほど近い場所に小さな小さな集落があった。
誤解のないように言っておくが、小さいというのは村の規模ではなく家の大きさや住民の身長と言った物理的な意味である。
今となってはほんのわずかしか存在しない妖精の生き残りがひっそりと暮らしているこの村の一角にアリスの家はあった。
大きな幹の上に小さな木材で作られたツリーハウスは妖精が住む家としては一般的なもので、家の中には木の実などでこしらえた机やイスが置いてある。
アリスは身支度を整えると村の中央にある広間に向かった。
広間には、ちょうど長老様がいて、多くの妖精たちが集まっていた。
「おはようアリス」
「おはようございます。長老様」
「いよいよじゃの」
「はい」
妖精の村の習慣として、毎年決まった時期になると儀式で選ばれた妖精が村の外へ出る習わしになっている。
そのための儀式が明日へと迫っているのだ。
この儀式で選ばれれば来年のいずれかのタイミングで一年以上もの間、村から離れることになる。
自分が選ばれたらどうしようと不安になる者もいれば、自分が選ばれるはずがないと楽観視している者もいて、反応は人それぞれだ。
「お前さんに話さないといけないことがある……」
「なんでしょうか?」
何時になく真剣な表情の長老を見て、アリスも長老の方を向き直った。
「実をいうとの……ここだけの話、今回の妖精の儀で選ばれるのはお前さんになりそうなんじゃ。だから、今のうちから覚悟を決めてほしくての……今はいいが、くれぐれも儀式の最中に取り乱すことなどないようにの……それと、このことは他の者に口外してはならぬぞ」
長老はそれだけ言い残して、飛び去って行った。
残されたアリスは状況が整理できずにいた。
「えっ私が?」
混乱しないわけがない。
きっと、今年も大丈夫。そう思っていたのを前日に打ち砕かれてしまったのだ。
今までの儀式では、誰もかれも落ち着き払っていたのは、恐らくこうして事前にくぎを刺されていたからなのだろう。
気づけばアリスは上空に向かって思い切り飛んでいた。
とにかく上へ上へと飛んでいき、やがて村の中央にある大木の上に来ていた。
普段なら、こんなところへは来ないのだが、一人きりで考え事をするならここがいいと心のどこかで思っていたのかもしれない。
「どうして私なんですか!」
思い切り、天に向かって叫ぶ。
今まで村の外に出て帰ってきた妖精はごく少数だ。帰ってこない妖精がどうなっているかなど想像したくもない。
大樹の一番てっぺんに座って、西の空を見るとちょうど、夕日が沈もうとしていた。
この場所からは唯一村の外の世界が見える。
外の世界も村の中の世界も森にしか見えないが、こちらには妖精が住んでいてあちらにはそれがない。
あっちで家を建て村を造り住んでいるのは人間なる種族だ。
それは、妖精よりもずっと大きいのだと聞く。
「私にどうしろというんですか……」
真っ赤な夕日の光を全身に浴びながら、アリスは大木のてっぺんで膝に顔をうずめた。
アリスの過去話についても、思ったよりも長くなってしまい前後編に分けさせていただきます。
これからもよろしくお願いします。




