第二十二話 少女の原風景(後編)
幼馴染が森に行った次の日。
夜、寝つけなかったせいか早く目が覚めたアンナは、いつもと何か様子が違うと感じていた。
いつもなら、この時間になれば母に起こされていてもおかしくないはずだ。それがないということは、何かあったのだろうか。
昨日の出来事もあって、いやな胸騒ぎがするが少し深呼吸をしてから自室を出て家族の元へ向かう。
「おはよう」
「あぁアンナ……おはよう」
いつも通りに食卓のイスに座っている母は、どこか不安げで元気がなかった。いや、母だけではない。二人の兄も妹達もみんなそうだったのだ。
「どうしたの?」
アンナが聞くと、母が気まずそうに眼をきょろきょろさせる。
良く考えれば父の姿が見えないが、畑にでも言っているのだろうか?
「アンナ……よくお聞き」
「何?」
「昨日ね……お隣の子、知ってるでしょ? あの子が村を出て行っちゃったらしいのよ。今、村の大人たちで探しているけど、どこに向かったのかさっぱりだからお手上げだって……」
母の言葉を聞いたとき、アンナは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
やはり、あれは冗談などではなくれっきとした別れの言葉だったのだという現実を突き付けられたのだ。
「ねぇ! いなくなったって本当なの?」
「みたいだね。そんなことでウソついたところで仕方ないからね」
あの時、自分がちゃんと止めなかったからだ。あの背中を追いかけてでも止めればよかったんだ。
「アンナ!」
自分の名を呼ぶ母を背にアンナは、最低限の荷物だけ持って家を飛び出した。
まだ、一晩しかたっていないのだから彼はそんなに遠くまで行っていないはずだ。村の近くにある森の中かあるいはその近くか……
太陽はそれなりに高く昇っているから、森の外で寝ていたとしてもとっくに森の中を進んでいるかもしれない。
まさに全速力というにふさわしいスピードでいつもの木の下にたどり着くと、木の幹に体を預けて息を整える。
「よしっ」
兄妹たちと違って、あまり森に踏み入れたことはないのだが、どこが危なくてどこが安全かぐらいは心得ている。
アンナは、意を決して森に入って行った。
*
結論から言ってしまえば、結局、彼を見つけることはできなかった。
森に入ったのはいいのだが、迷子になってしまいやむなく木の上で寝ていたのだが、次に目覚めたのは勇者召喚のための魔方陣の上だった。
最初、なにが起きたのかわからずに混乱していた私にこの世界について一から教えてくれた魔法使いもすでにいない。
「って聞いていますか?」
「えーあーうん。大丈夫。ちゃんと聞いてるよ」
顔をぷくーと膨らませて腕を組み、そっぽを向いているアリスの頭をなでる。
そうすると、少しながら機嫌が良くなったらしく、ため息をついてから話の続きを始める。
「まったく……人がせっかく話していたんですから聞いてくださいね。あの鹿神に遭遇したときはですね……」
あの時、私は彼の言葉が理解できなかったが、今は十分すぎるほどよくわかっていた。
あの世界は確かに平和で安全だけど、大切なものがなかったのだ。
小さな世界でその中のことしか知らず、外のことは知ろうともしなかった。
だが、それは大きな間違いなのだ。
現にいま、この瞬間は危険と隣り合わせな一面もあるのかもしれないけれど、見るモノすべてが新鮮で輝いて見える。
あそこに閉じこもっていたままでは誠哉にもアリスにもマアサにも出会えなかった。きっと、親兄弟や友だち……もしかしたら幼馴染の彼もいっしょだったかもしれないが、村の外の人間と関わろうとしなかっただろう。
「ねぇもしかしたら、君もこんな空を大切な仲間と一緒に見てるのかな? 君は国の外へ出て何を見て、何を学んだの? 私はこんなに変わったよ。いつか会えるといいね」
偶然、吹いてきた風にメッセージを託す。
世界は違えど、吹く風の匂いや木々の色合いはあの森と似たようなものかもしれない。だから、もしかしたらあの村とこの世界はどこかでつながっているのかも知れないと思えて仕方ない。
ふと、横を見た途端に再び不機嫌そうな表情を浮かべているアリスが視界に入ってきた。
「やっぱり、話聞いてないじゃないですか!」
「あーごめんごめん」
「もう!」
考え事に浸りすぎていたらしい。完全にご機嫌斜めになってしまったアリスを見て、どうやって機嫌を直してもらおうかということを考え始める。
この仲間たちと、ずっと一緒だといいな。
アンナはこの時、確かにそう思っていた。




