第二十一話 少女の原風景(前編)
真っ青に晴れた空のもと、誠哉は少し離れた草むらでオリーブから植物についての講義を受けていて、マアサは少し離れた場所で木の幹に体を預けて眠っていた。
こんな光景を見ていると、悪の枢軸である魔王が世界を滅ぼそうとしていて、人類は滅亡の危機にあることなどウソのようだ。
「それでですね。その時の主と言ったら……」
「へーアリスって、ずっと彼と一緒にいるの?」
「そんなことありませんよ。でも、一目見たときに主が魅力的に見えたのは事実ですね」
アリスはクスクスと笑いながら、アンナの頭の上をくるくると旋回し始めた。
この世界に召喚されてから彼らに出会うまで、こんなふうにのんびりと会話しながら過ごした時があっただろうか? いや、そんなことはなかったはずだ。
代替わりしてからぱったりと止んでしまったが、以前は魔王が送ってきた刺客を連日相手するような日々で常に神経をとがらして過ごしていたと思う。
こんなふうにのんびり過ごしているなんて、まるであのときみたいだな。
アンナはアリスの話を聞く傍ら、自分がこの世界へ召喚される直前の出来事を思い出していた。
*
もともとアンナがいた世界は、誠哉が言っていた世界とはまた別の世界でこことはあまり技術的な面はあまり変わらないが、文化の面で大きな違いがあるというような世界であった。
王国が定めた地域内にいれば野獣や災害、疫病のような脅威はなく、とれた作物や魚介類、衣類や生活用品に至るまで国民に平等にいきわたるようにされていて、その代わりにある一定の働きをしなければ村から追い出される。そんな世界だ。
アンナは一般的な農家の長女として生まれた。
二人の兄と三人の妹ともに裕福ではないものの不自由のない生活を送っていた。
アンナは、村はずれにある木の上で寝るのが大好きだった。
この場所からは村が良く見渡せるため、眺めが良かったのだ。
向こうの山のふもとまで続く緑の田園の中にぽつぽつと家が点在し、西の方に目を向けてみれば商店などが集まる村の中心部が見える。
「あーアンナ姉ちゃんったら、またそんなところにいる!」
木の下から妹の声が聞こえてきたため、下の様子をうかがうと、母お手製のカバンを持った三女がこちらを指差していた。
傍らには二人の兄がいて、近くに住んでいる兄の友達の姿もあった。
「アンナ! これからみんなで遊びに行くんだ! アンナも一緒に来るか?」
「えー! 私? 私はいいや。もう少しここにいる」
「えぇー乗り悪いな。そんなこと言ってて、くれぐれも木から落ちたりするなよ」
兄があまりにもばかにしたような口調だったので、アンナは頬を膨らませてそっぽを向いた。
「しないよ。いったい、どれくらいこの木に登ってると思うの?」
「知ってるよ。だから、油断するなってことだ。よしっ皆行こうぜ!」
アンナと一緒に遊びたいと渋っている妹の手を引いて兄とその友達は森の方へと走っていく。
小さなころから、森で遊んではいけないと教えられてはいるのだが、実際にはほとんど守られていない。
森が怖いところだとわかっていないのが大きいのだ。現にアンナもそうであったから、こんなふうに森の近くの木の上でのんきに昼寝しているのだ。
しばらくそのままでいると、小さなころから家族ぐるみで付き合いのある幼馴染の男の子が木の下へやってきた。
「やっぱり……ここか……」
「どうしたの? 私に用事?」
「まぁな。アンナにどうしても伝えたいことがある」
そこから彼が話したのは、村から出て旅に出るという事、もう二度と王国には戻るつもりはないという事であった。
それを聞いたアンナは衝撃を受けた。
なぜ、わざわざ危険な外へ出ていくのか理解できなかったのだ。
「どうしてなの? ここにいれば安全なのに」
「確かに王国にいれば安全だし、何のこともない日常を送れるはずだ。でも、それが正しいとは限らない。だって、そうだろ? 本当にアンナは今のこの現状に満足できているのか?」
「わからないよ。君が何を言いたいのか、どうして私たちのところから離れて行こうとしているのか」
「わからなくてもいい。そのうちわかるよ」
それだけ言うと彼もまた、兄妹やその友達と同じように森の方へ歩いていく。
きっと、自分を驚かせようとしているんだ。明日にはひょっこりと目の前に姿を現すかもしれない。
そんな希望を胸に抱きながら、アンナはいつもより早く家路についた。
書いているうちに当初考えているよりも長くなってしまったため、アンナの話は前後編に分けることになりました。
話が遅々として進んでおりませんが、アリスの過去に少し触れたのちに話が進む予定ですのでもう少々お待ちください。
これからもよろしくお願いします。




