第百八十九話 アンジェル、魔王城へ行く
夕刻。
アンジェルの姿は魔王城の前にあった。
「えっと、ここって……」
「魔王城ですよ。ここに主がいるはずなので、早く行きましょう」
アリスはそう言っているが、門番さんはこっちを思い切り睨んでいた。
「あ……あの」
「図書館のご利用ですか? 身体検査を受けていただければお入りいただけますが、どういたしますか?」
思ったよりもやんわりとした対応であった。
「えっと、はい。お願いします……」
それにしても、魔王はこんな簡単に人を入れていいものだろうか?
それ以前にこの城に図書館があるということ自体驚きである。
「それではこちらへ」
門番さんの案内でアンジェルとアリスは魔王城に入っていく。
この程度の警備で本当に大丈夫なのだろうか?
王宮の厳重な警備を思い出しながら、アンジェルは魔王城の門をくぐる。
*
軽く身体検査を受けたアンジェルは図書館へ行く道を教えられて、そこ以外へ行かないようにと言われたうえで廊下を歩いていた。
図書館へと向かう道は、最初に通された道から一直線で迷子になるということはなさそうである。
「あなたの主は図書館にいるの?」
「いえ……でも、まぁ図書館の人に事情を説明すればちゃんと会えると思いますので……」
「だったらいいけれど」
それにしても単調な廊下だ。
あまり窓がないし、たまにある絵画や置物も似たようなものばかりで時々ある分かれ道に間違って入ってしまったりすると迷子になりそうだ。
「初めてきましたが、単調な廊下ですね」
「そうね……」
どうやら、アリスもここに来るのは初めてらしい……って色々おかしくないか?
「来たことないのにこれまでそんな風な振る舞いを?」
「いえいえ。気にするほどのことでもないですよ」
「図書館の方との面識は?」
「ありません」
アリスがあまりにもきっぱりしてしますので逆に感心してします。
普通なら、もう少し当てがあるところを探すべきではないだろうか?
「はぁ本当に大丈夫かしら……」
アンジェルの不安はどんどんと増大していった。
もちろん、頼りにしていた“図書館の人”が外出している事実など知る由もない。
「ささ! 早くいきましょう!」
語尾に音符でもつきそうなぐらい機嫌がいい、アリスの背中を追ってアンジェルは魔王城の廊下を歩いていた。
そもそも、街の中ではあんなに警戒していたのに魔王城の中で堂々と姿を現していいのだろうかという点についてはおそらく突っ込んではいけないのだろう。
*
魔王城の一角にある休憩室。
そこに魔王城メイド長マリナの姿があった。
彼女は、室内にあるソファーに座ると大きく伸びをした。
「はぁさすがに疲れたわね」
マリナは小さくため息をつく。
前任のノエルほどではないが、マリナの仕事も相当なものだ。
そのまま思わず、うとうとと眠り始めていた。
「まぁそんなところで寝ちゃって……風邪をひくわよ」
そこに入ってきたのは、ノエルである。
彼女は、近くに置いてあった毛布をマリナにかける。
「いつも頑張ってもらって悪いわね……大変だと思うけれど、がんばって頂戴」
ノエルはそう言って頭をなでる。
実のところ眠気に負けて眠りそうになっていたマリナは、この状況をどう処理すべきか判断に迷ったが、このまま寝たふりをする方がいいのではないかという結論にたどり着いた。
「……本当にあなたには負担をかけていますね。これは、私が元メイド長だからわかるかもしれないわね……それに私はあなたに助けられているから……だから、あなたの正体が何であろうと魔王城にいてほしい……面と向かって言えないなんて、私もまだまだかしら」
その言葉を最後に頭をなでていた手が離れ、ノエルの気配が部屋から出て行った。
バタンと扉を閉める音がしたのち、マリナはゆっくりと体を起こす。
「……ノエルさん……」
マリナは小さな声でそうつぶやいていた。




