第一話 明るい森の中
明るい森の道。
魔王の兄こと日本人の沖村誠哉は、足取り軽く歩いていた。
「主! 主! もう出てきてもいいですよね?」
誠哉は自らのローブの中から聞こえてきた声をあえて無視する。別にローブの中から声がするという現象は普通に考えておかしいからノータッチとかそんなわけではない。
声の主を把握したうえで無視しているのだ。
「ちょっと! さっきから呼んでいるのに無視ですか!」
首元から手のひらほどの大きさの“妖精”が誠哉に思い切りアッパーを喰らわせる。
「いてっ!」
体の大きさの割には威力の高い攻撃を喰らい、誠哉は思わず顔をのけぞらせる。
いかにもご立腹と言った様子で空中に浮いているのは妖精のアリスだ。白い半透明な羽を器用に動かしながら空中を飛び続けているのだ。
「いきなり何すんのさ」
「主が無視するからいけないんです。にしても……」
血塗れのローブを見てアリスはぴたりと動きを止めた。
「何だよ」
「先ほどのはやりすぎでは?」
「いいの。どうせ、役人に突き出したところで結果なんて変わらないんだから。それに縛ったりとかして、役所に連れて行くなんてめんどくさくてたまらない」
先ほどのことというのは、襲ってきた盗賊の首を落としたことだろう。この娘が知らないだけで大体の冒険者はこのぐらいやっているだろうし、ギルドなどの依頼でもあくまで“拘束”ではなく“討伐”なので遅かれ早かれ彼らはそういった運命をたどるのだ。とは言っても自分自身この世界についてわかっていないのだから、あの行為が合法なのか否かは分からない。
いざとなれば、身の危険を感じて……と正当防衛を主張すればいいまでだ。
「まったく。主が今までどんな野蛮な国にいたのかは問いませんが、このような行いは控えてくださいね」
「まぁ善処するよ。ついでに言わせてもらうと日本はかなり平和な国だよ」
「あぁそうですか」
アリスはどこか冷たい目だ。絶対に信じていないだろう。
「大体、無許可で刀を持っていたら捕まる国などあるわけないじゃないですか。盗賊に襲われたら相手の思うつぼ、金品をせしめられむごたらしく殺されるだけです」
「だから、日本はそんなところじゃないって言ってるでしょ。面倒だけど、また一から説明してあげようか?」
「結構です」
アリスはぷいっとそっぽを向いてしまった。まったく、この妖精にも困ったものだ。
彼女は、異世界へ召喚されてその日に魔王の位を放り投げて飛び出した森の中で出会ったのだ。それから三日間。なぜか一緒に旅をしていた。
「なぁめんどいけど聞いていい?」
「めんどくさいなら結構ですが」
「なんというか、いつまでついてくる気?」
本来、アリスは魔王城にほど近い森にすむ妖精だ。特に主従関係を結んだ覚えはないのに主と呼ばれるし、戦うときはちゃっかり安全なローブの中に隠れていたりと何をしに来ているのかさっぱりわからない。
このさい、はっきりと聞いてしまおうと思いきってみたのだが……
「そんなの私の勝手です」
至極予想通りの返事を聞いて誠哉はため息をついた。
最初、勝手についてきたときも、主と呼びだした時もこんな感じだった。もしかしたら妖精というのは皆このような性格なのかもしれない。
「まぁいいや。それで森の出口ってどこ?」
「さぁ? 私は知りませんが」
「それぐらい知っててくれると助かるんだけどな……」
そもそも、ここは一見どこにでもあるような森だが、かなり複雑で迷路のような作りになっている。これは、この世界において迷宮と呼ばれている場所なのだが、RPGとかに出てくるのとは違ってモンスターにエンカウントして素材をはぎ取ってなどということは一切ない。いるのは財宝を求める冒険者や旅人、盗賊そして野生動物ぐらいだ。
しかし、迷宮と呼ばれるだけあって中の造りは非常に複雑で入り組んでいるので一度入るとそう簡単には抜けられないらしい。というか身に染みて実感していた。
「はぁどうしたもんかな……」
何時になったらこの森から出られるのだろうか。誠哉のつぶやいた言葉は森の木々のざわめきに飲み込まれていった。




