第百八十五話 師匠と弟子
リナは駆け足でネラの下へと向かっていた。
真っ先にリーファのところに向かうというのも考えたのだが、いったん師匠であるネラの意見を仰ごうと考えたのだ。
「痛っ」
あまり前を見ていなかったせいか、前から歩いてきていた誰かとぶつかってしまったようだ。
白衣を着た女性は、腰をさすりながらゆっくりと立ち上がると、こちらに手を差し伸べた。
「大丈夫? すいません。ボーとしていたものですから」
「いえ、こちらこそすいません」
目の前の女性の顔を見て、表情にこそ出さないが心の中でため息をつく。
今日はなんなのだと……
「どうかしました?」
「あの。どこかで見たことがある気がしたものですから……」
どこかで程度ではない。
目の前にいる人物は、コクイユウ。首都の近郊で診療所の医師をしている人物である。あくまで表向き派であるが……
真偽のほどは定かではないが、召喚されたわけでもないのに異世界から迷い込んだという事実も相まって、黒いうわさが絶えない人物である。
彼女の近くにいる人物は、そんなことをないと口をそろえて言うそうだが……
「そうか……私は黒衣夕。この近くの診療所で医者をしている。まぁうさわぐらいは聞くんじゃないの?」
「まっまぁそうですね」
まるで心を見透かしたかのようにそんなことを言っている彼女に対して、思わずたじろいてしまった。
「気をつけなさい。私だったからいいけれど、こわーいお兄さんとぶつかったら大変でしょ?」
彼女は、そう言い残すと呆然とするリナを残して人ごみの中へ消えて行ってしまった。
「……本当になんなんだろう。今日は……」
アルドンサ・マリ・モンテジョルにコクイユウ……あまり会いたくない人たちと連続で会ってしまった。
後者はともかく、前者は本気で会いたくなかった。
「おや、リナじゃないか。どうして、こんな街中で沈んだ顔を浮かべているんだ?」
そんなリナに声をかけたのは、リナの師匠であるネラであった。
「師匠……えっと、どうしてここに?」
「まぁ暇だからぶらぶらと……そしたら、街中で呆然としてる弟子を見つけたというわけだ」
「そういうわけですか……ちゃんとした説明になっていない気がしますが、重要な話があるのでよろしいでしょうか?」
ネラの行動にいちいち突っ込みを入れている場合ではない。
今回ばかりは、かなり時間が切迫しているのだ。
「師匠、とにかく急ぎなのでよろしいでしょうか?」
こちらの切迫した状況を感じ取ったのか、ネラはあら。と声を上げた。
「いいよ。少し場所を移して話を聞こうか」
ネラは真剣な表情を浮かべていた。
*
二人がやってきたのは魔王城の地下である。
国王曰く、間もなくその呼び名も廃されるとのことであるが現状のところ魔王城であるのだからそれでいいのだろう。
リナからことの顛末を聞いたネラは、深刻そうな表情を浮かべてあごに手を当てていた。
「どうしたものかしらね……まさか、観測者……それも彼女が出てくるなんて……」
「やっぱりまずいですかね……」
「まずいわね。確かに彼女自身がうごくというのは少なくはないけれど、観測者のトップが自らアプローチをかけてきたことを重く受け止める必要があるわね」
やはり、そういうことなのだろう。
ネラの言う通りアルドンサ自身がうごくということはよく聞く話だ。
もう一つ言うのならば、彼女自身が出てきたということはそこに観測者としての強い意志があるということを意味するのだ。
彼女と敵対すれば、彼女一人ではなく観測者自体を敵に回すということになる。
観測者というのは、この世界を観測するだけではなく、それぞれ自らの世界を持ちそこを管理するという使命も与えられている。
逆に言えば、その世界に引き込まれれば勝つのは難しいだろう。
「まぁこのことに関してはリーファ様に指示を仰ぐよ。ちょっと待っていてくれ」
「はい」
ネラは、不安げな表情を浮かべるリナを残して部屋から出て行った。




