第百八十三話 観測者との邂逅
首都の一角にある貧民街。
多くの商店が並ぶ通りから一歩は言っただけとは思えないほどそこは別世界だ。
それは、今回の魔王の廃止に関する政策等々への受け入れに対してもだ。
先ほどまで、街でよくそれの話を聞いたのに、ここに来たとたんにそうではなくなる。
ここに住む人々は明日のこともわからないため、今回の出来事自体知らないという人もいるのだ。
たとえ知っていたとしても、この現状が変わるわけがないと口をそろえる。
実際問題、それが現状だ。
いくら周りの町が豊かになろうと、ここにそれがくるまでかなり時間がかかる。
「おぉ夕先生。今日も来てくれたのかい?」
「えぇ。いつも通りの場所に行きますからね」
「頼むよぉ。うちの孫が調子が悪くてのぅ」
「はい。わかりました」
だからこそ、夕は今日も貧民街に足を運ぶ。
たまに違うところにいうこともあるが、基本的には毎日のようにここに通っていた。
すれ違う人たちとあいさつを交わしながら、夕はいつも診察を行っている場所へと向かった。
*
集まった人たちの診察を終えるころには、すでに陽は傾きもうすぐ、夜になるというぐらいの時間だった。
夕は、使った道具を片付けるとカバンを持って立ち上がる。
幸いにも急患はなかったようでリンが呼びに来るということはなかった。
「さてと……行こうかな」
頭をかきながら、夕は空を仰ぐ。
整然とした周りの町と違い、雑然としたこの場所から眺める、夕焼けは少し違って見えた。
「……はたして、この国は変わることができるのかしら?」
思わず、そんなことをつぶやいてしまう。
「さぁね。そんなこと誰にもわからないわ。私としては、変わるわけあるかって感じだけど」
しかし、それに返答する者があった。
夕が振り返ると、そこには完全自立式人形……否、観測者のアルドンサ・マリ・モンテジョルが地面より少し離れたところで浮遊していた。
「久しぶりね。観測者さん……何か御用?」
「別に用ってほどもないわ。ただ、あのヒトハが居なくなっちゃったから、あなたのところにいるんじゃないかと思っただけよ」
「あら、逃げられたの? まぁ当然の結果でしょうけれど」
「さて、それはどうかしら? あいつのことだから、そうなるように仕組んでいた可能性も高いような気がするのよね……そうなると、うまいことあなたの診療所にたどりつくようにしていてもおかしくないんじゃないの?」
アルドンサは、夕の目の前に着地した。
「あらあら、そう来たのね……でも、そもそもがあなたたちにクーデターを起こされること自体、“私たち”にとって予定外のことだったのだから、何とも言えないわ。それにあの子、かなり頭がいいからあなたが真っ先に探しそうな場所にはいなんじゃないかしら?」
「……確かにそうね。でも、基本は大切よ。裏の裏をかくような気でそんなことをしているかもしれないし……」
「そう来るのね。どちらにしても、私のところにはいないわ。神に誓ってね」
夕の言葉にアルドンサは、くすくすと笑い始めた。
「神ね……この場合は、意味がないんじゃないかしら? まったく、ただでさえ、別件も抱えていて忙しいっていうのにとんだ無駄な時間を食ったわ。それじゃ、せいぜい元気にやりなさい」
そう言って、アルドンサは去ろうとした。
「待ちなさい。聞きたいことがあるわ」
その言葉でアルドンサは動きを止める。
「何かしら?」
「私たちがこの世界に引き込まれたとき、何かしらの侵入、もしくは攻撃はあったのかしら? 私も全体像は把握していないけれど、一葉のログアウトが不可になり、私を始めとした関係者と沖村誠也や川代玲奈と言った無関係のニンゲンを取り込んでいるわ。これは、見方次第では一種のテロじゃないかしら? そもそも、本当にこのゲームはあの子が制作したものなの?」
「……外部からの攻撃はないわ。ヒトハが勝手にプログラムを暴走させただけよ。製作者については私は知らないわ。だって、現実世界のことなんてさっぱりね」
口にこそしていないが、いかにもうんざりしていますというような口調であった。
しかし、夕はマイペースで質問を続けた。
「最後に一つだけいいかしら?」
「何? 本当に最後にして頂戴よね」
「えぇ。それはもちろん……これは、私が個人的に気になっていることなんですが、なんで私を観測者に誘ったんですか?」
アルドンサは、一瞬呆けたような表情を浮かべた後、笑いをこらえるように震え始めた。
「何を言っているのかしら……あなたは……形式的なものに決まってるじゃない……あっはっはっはっ久しぶりに愉快な気分ね! まぁいいわ。私も暇じゃないもの……それじゃ、せいぜい死なないように頑張んばりなさい」
そう言い残して、アルドンサは光の粒となって消えて行った。
夕は、彼女が居なくなった場所に背を向けて夜の貧民街を後にした。




