第百八十二話 ある老人の考え
マアサ国の首都近くにある診療所には今日も多くの患者がやってくる。
魔族領が国になり、新しい制度について検討されていても市中の人々の生活に大きな変化はないのだ。
「はぁこれで終わりか……」
本日、予約を取っていた最後の患者を見送ると、急患が訪れない限りは自由時間である。
この診療所の唯一の医者である黒衣夕はイスに座ったまま大きく伸びをした。
「お疲れ様です。それで? どこかへお出かけになられるんですか?」
そんな夕の横に立つのは薬師のリンだ。
夕は、体勢を元に戻すとリンの顔を見据えた。
「どうしてそんなこと聞くのかしら?」
「いやはや、無言で勝手に消えられるぐらいなら事前に聞いておこうかと思いましてね? 急患が出るたびに探すこっちの身になってくださいっていうわけですよ」
「あら、それは残念ね。私は気分でぶらついているのよ。出かけるときに行先なんて決まっていないわ」
夕がそう答えると、リンは不満そうな表情を浮かべていた。
「つまり、おとなしく探していろということですか?」
「まぁそうなるわね。がんばって頂戴。たぶん、私は貧民街ぐらいにいると思うから」
夕は診療室の扉に手をかける。
「貧民街ですか。いやはや、探す範囲が広いことこの上ないですね」
リンのそんな声を聴きながら、夕は診療室を後にした。
*
街へ出ると、発表から二日たった今でも、街はお祭り状態であった。
新しい魔王……否、国王の誕生は国民皆が待ち望んでいたことである。
別段、マアサが愚王だったというわけではない。むしろ、彼女は健闘した方である。
しかし、この国の人々は常に新しい風を求める傾向にある。
ニンゲンよりも長い時を生きる魔族は、退屈を嫌うのだ。
それは、魔族だけではなく魔女もそうだと聞くから、人よりも長い時を生きる知的生命体すべてに言えることかもしれない。
「あぁ夕先生。どうも、いつもお世話になっております。大通りでぼさっとつっ立ってどうなすったんですか?」
「あぁオオノキのおじいさん。今日は外出ですか?」
夕が振り返った先にいたのは、診療所に通っている老人オオノキであった。
白髪に白いひげ、杖というまさしくおじいちゃんという言葉がぴったりな風体の彼であるが、昔は魔王に使える屈強の騎士だったというのだから驚きだ。
また、現在は過去の出来事を伝える語り部としての顔を持っている。
「ほっほっほっところで国王さんの政策を聞きましたかな?」
「えぇ。ある程度は聞き及んでいますが……魔王の位の廃止がメインというぐらいでしょうか?」
「そのメインが大きいのじゃよ。魔王がいないということはニンゲンともう戦わないと宣言したも同然じゃ、つまり、魔王ではなく国王だからこれからは、戦いばかりではなく国民のことをちゃんと見る。そんな意味が込められているような気がするのう……いかにして、城内の者どもを説得したかは知らないが、これは後世に残る出来事じゃろうな」
オオノキはかなり喜んでいるようだった。
やはり、騎士として直接ニンゲンと戦ったことのある彼には、思うところがあるのかもしれない。
そもそも、魔族とニンゲンの違いというのは寿命と成長するスピードだけでそれ以外はあまり変わりがない。
つまりは、子供のころにニンゲンの国に迷い込んでしまい、そこで生活していたのだが、周りとの成長の差などにより初めて自分が魔族だと気づいた。などというケースがあるぐらいだ。
だから、両方と混じってしまえば誰が魔族で誰がニンゲンかなんて見分けられる人はいないはずだ。
だからこそ、魔族とニンゲンの融和というのは多くの人々が望むものであった。
これは魔族側からの一つのアプローチということなのだろうか?
夕は去っていく、オオノキの背中を見送りながら、そんな風に考えいていた。




