幕間 とある少女の迷宮探索
魔族領……否、マアサ国とニンゲン側の国のちょうど境目となっている深い深い森。
人はそこを“森の迷宮”と呼んでいる。
かつてより、勇者を始めとした様々な英雄や名もなき冒険者たちのドラマの舞台となってきたこの場所は、今ではあまり人の影はなく、うっそうとした森が生い茂るのみである。
そうはいってもこの森の中で妖精を肩に乗せて歩いているアンジェルはそのころのことを知らない。
冒険者が迷宮内を探索していたというのはもう数十年も前の話で彼らは、迷宮は探索したところでたいした宝は出ないと判断したのだ。
勇者にしても、先代もそうであるし今代勇者のアンナも迷宮内でのエピソードはあまり聞かなかった。
つまり、迷宮においてはあまり目新しいことが起こらないのだ。
今現在、多くの冒険家の目は大陸の外……海の方を向いている。
神話では世界は平たんであり、海の向こうへ行くと大きな滝となっていて奈落の底へ落ちるなんて言われている。
しかし、実際にそれを見た者はいなく、海の向こうを目指したものが返ってくることも今のところない。
そのことに対し、一部の冒険者たちがロマンを求めて船を買い求め海へと出発していくという状態なのである。
すっかりと探索するものが減った森の迷宮は、冒険者などがキャンプ地として切り開いた広場や彼らが切り開き、通ってきた道などを飲み込み、徐々に元の姿へと戻りつつある。
冒険者たちが移動するために作った道ではなく、不思議と誰かの意志に沿うように最初から存在していた道を選んで通らないと途中で行き止まりだったり、ひどいときは元の道に戻るまでにかなりの時間を浪費することもあるのだ。
なので道選びは慎重を期していた。
手元にある地図と照らし合わせながら、星を見て現在の場所を推定する。そして、それが正しい道が判断しながら前へ進むという流れの繰り返した。
「それにしてもマメですね。主とは大違いです」
地図を見ていると、アリスがそんな風に声をかける。
つくづく思うのだが、彼の主はいったいどんな理由で迷宮に入っていたのだろうか?
アリスがいうには、出会った時点で互いに迷宮の中で迷子になっていたそうなのだが、具体的にどういう旅をして、どうやって迷宮から抜けたとか、彼が今どうしているとかそんな話は一切聞かないのだ。
「ねぇ結局、あなたの主ってどんな人なの?
だから、思わずそんなことを聞いてしまうことがある。
しかし、アリスはふふっと笑った。
「ヒミツです。主は主ですから……」
まったくもって意味が分からない。
彼女と主の間に何があるのだろうか? それとも、彼女が主と呼び慕っている人物はあまり、人前で名前を出すべき人ではないのだろうか?
疑問は深まるばかりである。
「はぁ早くこの森抜けられないかな?」
思わずそんなことをつぶやいてしまう。
別段、迷宮を抜けるのが目的というわけではないのだが、アンジェルとしてはどうせなら、向こうまで行きたいという気持ちがあった。
だからというわけではないのだが、少し急いでいるという節もあるのだ。
「ところで、あなたはどうして迷宮に来たんですか?」
そんなことを考えているところにアリスが話しかけた来た。
「私が迷宮を探索している理由ですか?」
「はい」
ここで素直に先代勇者の捜索と答えてもいい気がしたのだが、アンジェルの中でそれを素直に答えるのはどうなのだろうかという気持ちが浮かんできたのだ。
ちょっとしたいたずら心ともいうこの感情に任せて、アンジェルは口を開いた。
「ヒミツです。だって、あなたも教えてくれないし、だったら私も教えない」
アンジェルは立てた人差し指を口の前に持っていき、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「えー教えてくれないんですかー?」
アリスの不満そうな声は、森の迷宮の中に吸い込まれていったのだった。




