第百七十二話 休診中の診療所
誠哉はメイドの案内で部屋に戻ると、ベットに寝転がった。
今後のことをいろいろ考えようとしたためだ。
そもそも、彼女が先代勇者だとすると、なぜあの場所にいたのかという問題が依然として発生するのだ。
仮に王宮内に脅威を感じて逃げたのだとしてもなんとなく納得が行かない節があるのだ。
王国側、しかも勇者からすれば敵の本拠地に逃げ込むような行為だ。
それとも勇者には魔族領側に逃げる理由があったのだろうか? だとしたら、それはなんだろうか?
簡単に考えれば、魔族領側の協力者の存在または、魔王との戦いにおいて魔族というものがニンゲンに対しあまり敵対心を持っていないと知り、それを頼ろうとして返り討ち……様々な可能性が浮かび上がるが、本人が記憶がないのだから調べるのは難しいだろう。
「どうしたものかな……めんどくさい」
何よりも一番の問題は先代勇者を発見したという報告である。
誰かは知らないが、観測者とかかわりのある人間ならばそれなりの立場にいるのだろう。
そうなると、あまり下手な形で報告には行けない。
どちらにしろ、国の体制がしっかりとするぐらいまではここにいなくてはいけないので、しばらくは様子見と言ったところだろうか?
誠哉は小さくため息をつく。
「……でも、このままでもいいかもしれないな……」
一方でそんなことを思い始めているのも事実だ。
そもそも、誠哉にしてみると、わざわざ王宮図書館にこだわらくとも、魔王城には図書館がある。
あまりお世話になったことはないが、歴代の魔王が各地より集めたのだというそこの蔵書も結構なものだ。
「セイヤ様。失礼します」
その時だ。
控えめにノックをした後にノエルが姿を現した。
「どうかしたの?」
「はい。実は、マリナが姿を消してしまいまして」
「マリナが?」
「はい。やはり、あの話が相当ショックだったのかと……」
ある意味当然の反応かもしれない。
勇者は魔族の敵だ。彼女が自分が魔王城にいてはいけない人間だと考えてもおかしくない。
「わかった。とりあえず、心当たりのある場所を探してほしい。ボクは夕の診療所に行ってみる」
マリナのことに関してはノエルの方が詳しいだろう。
なら、今すべきことは夕に対処を聞きに行くことだ。
彼女なら、多少なりともこのような事情に詳しいだろう。
「わかりました」
ノエルは頭を下げるといそいそと立ち去って行った。
*
誠哉が診療所を訪れると、“休診中”という札がかかっていて、中に人の気配は感じられなかった。
「留守か?」
「……そうね。表向きにはね……まぁどちらにしても中に入れる気はないわ」
そんな言葉とともに現れるのはアルドンサ・マリ・モンテジョルである。
彼女の周りにはすでにたくさんの人形が出現していた。
「おいおい……まさか、このタイミングでお前が出てくるなんてな……」
「そうね。私としては魔王城に行けないから。まぁ周りにうるさいのが居なくてあなたと接触する機会を狙っていたのよ」
「どういうつもりだ?」
「そう。焦らないの……」
彼女は、ゆっくりと歩み寄ってくる。
攻撃をしようにも彼女の周りにはたくさんの人形が守りを固めるように飛んでいる。
「別に敵対しようというわけじゃないわ。ただし、世界の均衡を保つため、それに関する調節をするのが我々観測者に与えられた本来の役目。私は、単純に本来の役目を達しようとしているだけなのよ。まぁ活動していくうちにそれだけじゃダメだって気づいて、いろいろやらせてもらってるんだけどね」
アルドンサは、くすくすと笑いながら誠哉の前で歩みを止めた。
「もちろん、出過ぎた杭を打つ。それも私たちの役目だと思っているわ」
彼女の声は、静かながら、誠哉の心をえぐるようなものだった。




