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魔王の兄は旅をする  作者: 白波
幕間
172/217

幕間 マリナの想い

 夜。

 マリナは南向きに設置されたバルコニーに出ていた。


 この場所は、数日前仕事中に発見した場所だ。


 普段、他の人が訪れるのが少ない場所なのだが、魔王城において数少ない光にあふれている場所である。


 今は夜なので陽の光はないが、空を見上げると満天の星空がひろがっていた。


「きれい……」


 思わずそんな声が漏れてしまう。

 これを見ていると、自分が本当にちっぽけな存在だと感じてしまう。


 はたして、自分はどこからきてどこへ向かっていたのだろうか?

 今、こうしている自分は正しい姿なのだろうか?


 少しそんなことを考えてしまう。


 おそらく、記憶をなくす前の自分は行方不明だとかそんな扱いになっているだろう。

 きっと、誰かが自分のことを探しているはずだ。


 その人のところに帰れるのなら、帰った方がいいのだろうか?


 その答えはいまだに出ない。


 記憶を取り戻してしまうと自分が自分でなくなる気がしてしまう。それが、本来の姿だとしても魔王城メイドマリナではいられないだろう。

 なんだか、そんな気がするのだ。


 単なる勘なのだが、そんな気がしてならない。


「おや、ここにいたんですね」

「あっメイド長……」


 マリナが振り向くと、そこにはメイド長のノエルが立っていた。

 彼女は静かにマリナの方へ歩み寄ってくる。


「……マリナ。あなた、何か悩んでいるかしら? なんて、聞くまでもないわね……記憶のことでしょ?」

「……そうですね。時々、私がどこのだれかわからなくなるんですよ。そう思うと怖くて……知りたいって思う反面、知っちゃいけない気もするんです」

「そう」


 ノエルはマリナの前に来て歩みを止める。


「私は、私はどうすればいいんでしょうか? 私はどこへ行くべきなんでしょうか?」


 ノエルは無言でマリナを抱き寄せた。

 マリナは意外そうな表情を浮かべるが、ノエルの顔に大した変化は起きない。


「泣きなさい。あなたもマアサ様が居なくなってさみしいのでしょう? 居場所を提供してくれたマアサ様が居なくなって、よけにどこに行っていいかわからない。そんなところじゃないかしら? 残念ながら、私はあなたじゃないからそれが正しいか確かめるすべはないけれど」

「ノエル……」

「私のことはノエルではなくメイド長と呼びなさい。そう呼ばれるのもあと少しだから……」


 彼女が言った言葉の意味は分からないが、それを忘れさせるほど何かがはじけた。

 この時、マリナは記憶にある限り始めて声をあげて泣いた。


 マアサという自分の存在を受け入れてくれた存在が消えてしまったというのは、自身が思っていた以上に重くのしかかっていたのだ。

 彼女といられれば以前の自分のことなど気にならなかった。


 彼女にひかれていた。彼女のそばにありたいと思った。そのためには、記憶が戻らなくてもいいとまで思った。


 だが、その存在と一緒に入れたのは本当にわずかな時間だけである。


 マアサは魔族でマリナはニンゲン。本来なら、マリナが先に逝くはずなのにマアサは眠るようにいなくなってしまった。


「私は、私はどこへ行けばいいのですか! 私はこのままこの場所にいてもいいのでしょうか?」

「……マリナ。つらかったのね。大丈夫、私が……私がいるから。マアサ様の意志は私が継ぐから。もう少し待っていて。今度は私があなたの居場所になる。そうでしょう? 私たちは一緒に仕事をしてきたのだもの。それぐらい」

「はい」


 その後しばらくバルコニーには少女の鳴き声がこだましていた。


「みぃつけた。先代勇者セリア……きひひひひっ」


 この時、二人がバルコニー近くの木陰からのぞく怪しい光に気づくことはなかった。


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