第百六十四話 黒衣診療所
夕方。
誠哉は町はずれにある診療所を訪れていた。
夕もエイリーンも診療所の場所までは教えてくれなかったので探すのはなかなか大変だろうと思っていたのだが、道を聞いてみると大体の人が知っている様子だったので思っていたよりもあっさりと到着することができた。
「ここか……」
全体的にヨーロッパ風の街並みという印象を受けるこの世界においてその場所は純和風だった。
周りには、他では見かけない竹林があり、竹で作られた塀、土壁、木の門、瓦の屋根……まるで、ここだけ周りとは別世界だとも感じてしまうほどだ。
誠哉は、ゆっくりと周りを見ながら歩いていく。
こういう風にみていると、どことなく夕のこだわりというものが感じられた。
門をくぐり短い通路を歩けば、そこには“黒衣診療所”と小さな看板が掲げられた玄関が顔を見せる。
誠哉はその扉をノックした。
「すいません」
「どうぞ」
中に声をかけるとほぼ同時に返事が返ってくる。
誠哉は、その扉をゆっくりと開いた。
「ようこそ黒衣診療所へ。ご用件をうかがってもよろしいですか?」
中に入ってきた誠哉を出迎えたのは薄紅色の髪の毛の少女だった。
彼女の髪はぼさぼさであまり手入れしていないのだろうと思われた。
「黒衣さんに呼ばれてきたんですよ。通してもらってもいいですか?」
「夕にですか? お名前を聞いても?」
「誠哉。沖村誠也です。これで大丈夫ですか?」
少女は少し空を仰いでから思い出したように手をたたいた。
「あぁ昼間エイリーンの奴が世話になったっていうセイヤさんか。わかったよ。夕は奥の診療室にいるよ。まぁ心配しなくとも、今の時間帯は患者はいないから気にすることはないさ」
「そうか。ありがとう。面倒だけど、一番奥まで行けばいいんだよね?」
「そうだ。別に複雑なつくりにしているつもりはないから、廊下をまっすぐと進んでいけばいい」
「ありがとう」
「いやいや、これも私の仕事の一つだから」
にやりと笑う少女に背を向けて誠哉は廊下を進む。
左右に長椅子が並ぶやや長めの廊下を歩いていくとやがて、診察室という札がかかっている扉の前にたどり着いた。
「入っていいわよ」
ドアをノックしようとした誠哉であったが、まるで来訪しているのがわかっているかのように中から声がかけられる。
誠哉が扉を開けると、夕が椅子に座り足を組んでいた。
「いらっしゃい。ごめんなさいね。わざわざ来てもらっちゃって……でも、私はあまりここを離れるわけにはいかないというか、わざわざ赴くのが面倒だから、来てもらったわけだけど……まずはエイリーンのこと感謝しているわ。その上でずうずうしいかもしれないけれど、お願いがあるの」
「お願いですか?」
「えぇ」
誠哉が聞くと、夕はエイリーンを呼び、奥の棚にあるカルテを持ってこさせた。
彼女はそれをパラパラと呼んだあと改めて誠哉の方を向いた。
「実はうちに今、記憶喪失の患者さんがいるのよ。そこ子は退院してるんだけど、多少なりとも素性が知りたくてね。どうやら、その子が人間らしいから、人間側の国に住んでいるあなたがもしかしたら知ってるかもしれないって思ってね」
「どうして、ボクがニンゲンの国に住んでいるってわかるんですか?」
誠哉が聞くと、夕はクスクスと笑いだした。
「決まってるじゃない。あなたが魔族じゃないからよ。まぁそれ以外の理由もあるけれど、魔族領にほとんど人間は住んでいないわ」
「なるほど……」
そのほかの理由というのが多少引っかかったが、まぁ気にすることもないだろう。
「それで?」
「その少女の特徴は?」
「そうね。何よりも目立つのは髪の毛……あの子銀髪なのよ」
「えっ? 銀髪ですか?」
自分が探している少女と共通の特徴に誠哉は驚き、その少女が誠哉が探している人物ではないのかと思えてしまった。
そして、夕がその子の特徴を話していくにつれて、徐々に疑いは革新へと変わっていく。
「こんなところだけど……心当たりは?」
「……ありますね。面倒なことに今、ある人の依頼で人探しをしていまして……その特徴とばっちりそっくりですよ」
誠哉がそう告げると、夕は驚きを隠せない様子でいた。
「その人にはどこで会えますか?」
「確か、今は魔王城でメイドをやっているはずよ。まぁ本人がどう考えてるかわからないから、下手な接触は避けて、彼女が本当にあなたが探している人物かだけ確かめる程度にしてほしいわね」
「わかりました。それでは、失礼します」
誠哉は頭を下げて、診察室を後にした。
一人残された夕は小さくため息をつく。
「なるほど。探している人がいるか……」
だとしたら、彼女はその人の下へと送り届けるべきなのだろうか?
夕はのんびりと天井を眺めながらそんなことを考えていた。




