第百五十九話 召喚の真実
誠哉がバルコニーから庭を眺めていると、後ろから誰かに肩をたたかれた。
大方、返ってくるのが遅いからとアンナあたりが探しに来たのだろうとあたりをつけて、振り返ってみるとそこには見知らぬ女性が立っていた。
「初めましてだな。オキムラセイヤ」
「誰だ?」
「そう言うな。まぁゆっくりと話をしようではないか」
女性は不敵な笑みを浮かべていた。
誠哉は、懐を確認しナイフに手をかける。
「……どうやら、警戒させてしまったようだな。まぁ言っても無駄かもしれないが、私は悪意を持って接しようとしているわけではない。ただ、話をしに来ただけだ」
「話?」
「そうだ」
女性は腰の剣を地面に置く。
誠哉は、彼女の姿をまっすぐと見据えたまま懐から手を出した。
「面倒だけど、自己紹介から始めようか。知っているみたいだけど、ボクは沖村誠也」
「……ネラだ。一応、立場としては客人だ。ただ、そこまで歓迎されてはいないがな」
ネラと名乗った女性は自嘲気味に笑いながら誠哉の横へと移動する。
「ところで、あなたはここから脱走したんだよな」
「……面倒なことにそうなるな」
「おかしいとは思わないか? あなたはなぜそうも、あっさりと逃がしてもらえたと思う? 魔王……特にマアサは戦術の構築にたけていた。だとしたら、魔王城の中に脱出できると見せたトラップを仕掛けるのも当然ながらやっている。おろかな侵入者をいかにしてとらえるか。それに特化して増改築されたこの城はある種、一つの大きなダンジョンとなっている。そんな中でなぜ、この世界の常識も知らなかったようなあなたが脱出できたかわかるか?」
ネラは手すりに手をかけて空を見上げた。
「それは……」
「運が良かったというの話をしようと思っているようだが、この魔王城において運よく外に出れるなんてことはない。この城から無傷で出られるのは魔王本人と魔王へ害を及ぼさない客人とメイドたちのみだ。それ以外は、生きて帰れるかすら怪しいかもな」
うすうす感づいてはいた。
あの後、森の迷宮で会ったマアサやメイド長は誠哉を魔王城に連れ戻そうとはしなかった。
あきらめたのかとも思ったが、今考えてみれば何ともおかしな話だ。
「……だから、あなたは逃れたんじゃない。逃がされたんだよ。他でもない魔王マアサに……実際問題、彼女にとっては召喚なんてものは単なる保険に過ぎない。自分が夢半ばで倒れたときにしっかりとそれを引き継いでくれる人材を望んでいただけ。最初から魔王の座を明け渡すつもりなんてなかった。そうだろう? 最初から魔王の座を譲るつもりだったら、自分に継承権が来た時点で召喚していなければおかしい。つまりはそういうことなんだよ」
ネラは空を見るのをやめて誠哉の耳にそっと囁く。
「だから、あなたはただの保険なの。保険。自分が倒れたときのためのね……」
彼女は満足げな笑みを浮かべながら誠哉から離れる。
「ただ、結局、彼女は自らの力で目標を達成できているみたいだし今頃になってあなたが魔王になる必要性は皆無。強いて言うなら、魔王なんていう地位もなくすつもりでいたらしいから、それを達成するために動くぐらいしかできない。おそらく、彼女はあなたがそういう風にしか動けないように環境を整備しているはずだから……さて、どうする? あなたのいい返事させもらえれば私たちは、あなたが魔王を継承できないような形で動くことができる。あなたは、一度魔王の位を捨てたニンゲンだ。一応、一日だけ魔王になり、その日のうちに返上したってことになっているから、それを理由にあなたを魔王になるのを阻止する方向で動く。まぁすぐに返事をよこせんなんて言わないよ。今夜、私の使いを送るからその子に返事を託してほしい。では、私は行くよ」
ネラはこちらに背を向けて廊下の方へと歩き出す。
バルコニーに残されたのは、呆然とした表情を浮かべている誠哉のみであった。




