第百五十八話 南のバルコニー
それぞれの近況報告が終わった後、誠哉は一人で魔王城の廊下を歩いていた。
皆の前では楽しく話には交わっていたものの少し風に当たりたくなったのだ。
「意外と広いんだな……ここ。面倒なことにまったく知らないな。本来なら、ずっとここにいてアンナがくるのを待ち構えていたかもしれないのに……」
あの日、脱出に成功しなければ、そもそも魔王になるのを拒否しなければ自分がこの城の主になっていたのはほぼ間違いない。
IFの話をしても仕方がないのだが、ここにいるとそんなことを考えてしまうのだ。
窓が少なく薄暗い廊下を歩いていると、唐突に目の前に明るい場所が現れる。
その場所には南向きの大きなバルコニーの入り口があり、そこには扉がなく大きく開け放たれているためだ。
誠哉は、バルコニーに出ると一番端の手すりに手をかける。
「確か、ここから下に降りたんだったな……」
バルコニーの端には作業道具が置かれていて、そこと周りを区切るようにロープが張ってあった。
誠哉は、そっちの方に歩きそれをつかむ。
「……そうか、これもそのままなんだな」
誠哉は、それを手にかけたままゆっくりと空を見上げた。
*
魔王城の城内を一人の青年が走っていた。
この城は本来なら、魔族のみがいて、ニンゲンがいること自体が珍しいのだが、なお珍しいことに彼は魔王を討伐しに来たわけではないのだ。
誠哉は、息を切らしながらなお、追っ手から逃れるために廊下を走り抜けていく。
「まったく、なんなんだよ。めんどくさい」
確か、昨日は普通に寝たはずだった。
しかし、起きてみると床には巨大な魔方陣、周りには全身が黒ずくめの服といういかにもと言った集団である。
どこかの小説のごとく召喚されてしまったのではないかという不安が浮かび、それはすぐ後に来た少女に肯定されることになる。
彼女から魔王にならないかと誘われ、それをその場で断ったのだ。
その直後、彼女は強引に自分をとらえようとしたのでその場からうまいこと脱走し、今に至る。
ここに来るまでに図書館にこもってみたり、追ってくるメイドから逃れたりと様々なエピソードがあるのだが、それは今は語らない。
誠哉は、壁にもたれかかり息を整える。
自分がこれからどうなるのだろうかという不安がよぎる。
彼女は、魔王を名乗っていた。
一見したところ自分に対して殺意どころか好意を抱いているように見えたが油断はできない。
その時、薄暗い廊下にふっと淡い光が差した。
「なんだ?」
誠哉はその光に誘われるようにそちらに歩み寄る。
すると、そこは広いバルコニーだった。
「ここは……」
外に出られるかもしれない。
そんな希望を持った誠哉は手すりの方に駆け寄る。
「高いな……」
しかし、バルコニーから下の地面までは大体、三階建ての建物ぐらいあった。
おそらく、死ななかったとしてもけがをすることは避けられないだろう。
ここからの脱出をあきらめて振り返った時である。
先ほどは夢中で走っていたので気づかなかったのだが、バルコニーの端にいくつかの道具が置いてあったのだ。
注目すべきなのは、その道具の周りに太いロープが張ってあるということだ。
誠哉はそれを手に取り、力いっぱい引っ張ってみるが千切れる気配はない。
少々の不安は残るのだが、あまり考えている時間はないと割り切って、それをバルコニーの端にあるポールに結びつけた。
あまり音はたれられない。
誠哉は少しずつ下へと降りていく。
おそらく、これに気づけば彼女はすぐに気づいて捕まってしまうかもしれない。
下の地面に降り立つまでの時間がとても長く感じた。
結局、その後心配の割にはあっさりと地表にたどり着いた誠哉はそのまま魔王城を脱出、森の迷宮に迷い込むことになるのだった。




