幕間 ある新聞記者の思い
取材が終わった後、不思議そうに首をかしげていたアンジェルを見送った怜菜は自分のデスクに戻ってイスに大きくもたれかかる。
先ほどまで彼女に対して行っていた取材であるが、実際は宮内報に乗せるつもりは毛頭なかった。
ただ、彼女という人物を深く知っておきたいと思ったからである。
きっかけは今から数日前、訪れた王宮図書館である会話を聞いたことが始まりであった。
*
数日前。
王宮図書館は昼も夜も基本的に薄暗く、ここにいる限り時間の感覚というものは全く感じない。
もう少し陽の光があってもいいと思うのだが、誰の意向なのかいつまでたってもまともに窓が開けられる気配はない。
「それでですね。いろいろお聞きしたいかと……」
「すいません。仕事中なもので」
そんな中で怜菜は取材を続けているのだが、一向に成果は上がらなかった。
誰もかれもが質問に答えてくれないのだ。
唯一、当てにしてたアンジェルはどういうわけか今日はいないようだし、割と気前のいい司書長も今日は不在なのだという。
「困りましたね……せっかく来たのにこれとは……」
怜菜が小さくため息をついた時だ。
ちょうど向こう側の列から話し声が聞こえてきた。
「それで? どーゆうつもりですかー?」
その声は、まさしく今日は不在だと聞いていた司書長の声であった。
「……休みの日に尋ねてくるとは熱心だな。仕事中でもよかったろうに」
話しかけようとしたのだが、聞こえてきたもう一つの声が怜菜の行動を阻んだ。
その声は、怜菜が苦手としている人物、柴のものだったからである。
別に互いを嫌悪しているというわけではないのだが、同じように召喚されながら自由の身である怜菜に対し図書館に縛られている柴では、まったくもってこの世界に対する考え方が違うというのがあるかもしれない。
彼女と会えば、恐らく第一声はまだ、そんなことを続けているのかということから入るだろう。
彼女からどう見えているか知らないが、基本的に新聞記者をしていることに対していい印象を持たれていない。
なので、仕事中には極力会いたくない相手である。
「おや、そのことを私に聞くのか? 館長に聞いた方が早いと思うが?」
「いえいえー大体、こーいうときは裏であなたが動いていたりするのでーわざわざ来たんですけどねー本当に今回は無関係ですか?」
「そもそも、あなたが何を言っているのか!」
「アンジェルの迷宮行きの件ですよ」
その言葉を聞いた途端、怜菜は心臓が飛び出るほどに驚いた。
そもそも、調査の仕事はアンジェルの担当ではない。
それ以前に迷宮の向こう側には魔族がいるという。
怜菜の中で魔族と言えば、ファンタジーなどに出てくる残酷な悪役で迷宮と聞けばモンスターが闊歩する非常に危険な場所だ。
実際はその限りではないのだが、そんなことを書いてある文献は少ないため怜菜のイメージがこれまで覆されることはなかった。
「アンジェルが迷宮……どうして……」
そこからは、二人の会話など耳に入って来ない。
ただ、彼女が遠くに行ってしまう。帰らないかもしれないという不安が怜菜の心を支配していった。
気が付けば、怜菜は王宮図書館を飛び出して、新日新聞に戻ってきていた。
その後、2日ほどひきこもり、彼女のためにできることとして考え付いたのが、例の紹介状だったのだ。
*
怜菜は、窓の外から見える青空を仰いだ。
結局、紹介状を持って道具屋を訪れた彼女は思惑通り、彼女は自分のもとを訪れ取材を受けてくれた。
これをしっかりと保存すれば怜菜が今の彼女のことを忘れることはないのだろう。
なぜなら、あのお方に言わせれば彼女は、迷宮に行くことにより大きく変わるのだから……だったら、成長した彼女と一緒にこの資料を見るのもいいかもしれない。
「たとえ、万人があなたを忘れたとしても私はここでずっと、待っていますから……ちゃんと帰る場所がなくっていても私が帰る場所になります。だから、無事に帰ってきてください。アンジェル」
怜菜のつぶやきは、広い部屋の中に消えて行った。




