第百五十話 路地裏の少女
アンジェルとナタリーはアンジェルが行きつけの店に来ていた。
いつも通りにといって頼んだ料理を食べながら、アンジェルはふと窓の外を見る。
「……これで、しばらくアンジェルと会えなくなると思うと、少しさみしいですねー」
ナタリーはポツリポツリと思い出すように話し始める。
「あなたと初めて出会ったのは、ちょーど宿屋の通りだったでしょうか? まぁとにかく、あの時のあなたはなんというか、今とはすっかり違ってましたよねー」
*
数年前。
王都の中でも宿屋が立ち並ぶ通りがある。
そこは旅人達が頻繁に行き来し、とても活気づいているのだが、いったん裏通りに入るとその雰囲気はがらりと変わる。
そんな路地裏を二人の子供が走っていた。
「ほら! さっさと走る! 捕まりたいの?」
「ちょっと待って! アンジェルちゃん早すぎ!」
「早すぎも何も追いつかれちゃんでしょうが!」
アンジェルの手には、パンや果物がいくつか抱えられていて、一緒に走る女の子の手にも同様に果物が抱えられていた。
「待て! この泥棒猫!」
後ろを振り向くと、顔を真っ赤にした男性がこちらに向かって走ってきている。
アンジェルは小さく舌打ちをして複雑な路地をまるで自分の庭のように走り抜ける。
「セリア。右!」
「わかってる!」
二人はあるところで右に曲がる。
しかし、偶然にもこの路地のことを知り尽くしていた男性は、走るのをやめて薄ら笑いを浮かべながらその角を曲がる。
「残念だったな嬢ちゃん! この角は行き止まり……って」
男性の目の前にあるのは民家の壁のみで少女たちの姿は見当たらない。
「どこに消えやがった!」
「まぁまぁいいじゃないですかーたぶん、うまいこと隠れちゃったんですよー他探したらどうですかー?」
吐き捨てるように叫ぶ、男性の背後に突然、現れた女性は彼の肩にポンと手を置く。
「しかしよー!」
「まぁまぁ。なんだったら、私がお金払いましょうかー?」
「ったく、本当に司書殿は甘いな。いいよ、お代なんて!」
男性が去っていくと、ナタリーは壁の方へと歩いていく。
「……ここかな?」
石を頭上に向けて思い切り投げる。
「痛っ!」
すると、そんな声とともに二つの影が目の前に落ちてきた。
「あらーやっぱり。最近の子供っていろいろと工夫してるんですねー」
「何すんのよ!」
「……ひっごめんなさい。もうしません。ごめんなさい」
突っかかるようにナタリーを指差しているアンジェルに対し、一緒にいた銀髪の少女……セリアは目に涙をいっぱいに浮かべてひたすら謝罪の言葉を述べていた。
「そんなにー謝らなくてもいいですよー。ただし、そっちの赤い髪のあなたはちゃんと謝ることを覚えましょうかー」
「ごーめーんなさーい! アンジェルちゃんがごめんなさい! すいません! よく言います! 許してください!」
ナタリーとしては赤い髪の女の子、つまりアンジェルを叱ったつもりなのだが、セリアという少女の方が余計に大泣きしてしまった。
「はぁあなた、うわさに聞いた通りですね。近頃、このあたりで盗みを働いている赤髪のアンジェル。あなたのことですよねー?」
ナタリーが尋ねると、アンジェルはさらに強い口調で切り返す。
「だったら何よ!」
「だったらーそら、話をしにきたにきまってるじゃないですかー」
「ごーめーんなーさーい! アンジェルちゃんがほんとに本当にごーめんなさーい!」
「いや、セリアさんはもう謝らなくても……」
「謝ってばかりでごめんなさーい!」
やりにくいな。
生まれてこの方、初めてそんなことを思った。
一番厄介なのは、わざとではなく素手やっているという点であろうか?
「もうわかりましたー私はもう帰りますよーでも、明日も来ますからねー」
そう言って、ナタリーはその場を立ち去って行った。
*
「司書長。あの後も何度も来ましたよね」
「えぇ。そのたびにおい帰されてましたーまぁセリアちゃんを味方につけてからは楽ちんでしたけどねー」
アンジェルはセリアがナタリーの側についたときのことを思い出して苦笑いを浮かべる。
「そういえば、セリア今、どこで何をしてるんだろう?」
「そうですねーというか、セリアちゃんってあの後どうしたんでしたっけ?」
「確かに、一緒に王宮へ来たわけじゃないですし……あれ、そもそもセリアちゃんってどんな顔してたっけ?」
まるで頭の中に霧がかかったようにセリアという少女のことが思い出せない。
印象的な出来事は覚えているのだ、しかし、ほとんどが抜けているといっても過言ではない。
「どうなってるんでしょう?」
アンジェルがこの疑問の答えにたどり着くのは、これからずっと先のことである。




