第百四十八話 迷宮探索の準備(中編)
次の店に向かうために大通りを歩いていたアンジェルは、目の前にある人物の影を見つけた。
「どうですか? 新聞号外ですよ! 号外!」
この祭りで新しい客を獲得しようとしているのは、何も飲食店などだけではないということだろう。必死になって新聞を配っている怜菜の姿を見て、声をかけるべきが迷ったが、迷宮に出発したらしばらく会えないということもあってか話しかけることにした。
「久しぶりね。怜菜」
「アンジェル! 本当に久しぶりですねーいや、すっかりと最近忙しくて会いに行けなかったですし」
「そうね。お互いに忙しかったってことかしら? よかったら、ちょっと話をしない?」
怜菜は少し意外そうな顔をする。
「珍しいですね。なら、近くの喫茶店を知ってるので、そこに入りましょうか」
「それでいいわ」
仕事のことはいいのかと聞きたくなるが、誘った側の自分が言うべきセリフではない。
アンジェルと怜菜は、人込みを避けて少し奥まったところにある喫茶店へ向かっていった。
*
「それで? どういう風の吹き回しですか?」
「いや、ちょっとね……実をいうと、今度ちょっとした事情で王都を離れることになったの。たぶん、しばらく帰ってこないと思う」
怜菜はイスから勢いよく立ちあがった。
そのせいでイスが後ろに倒れてしまった。
「どういうことですか? まさか、とうとう王宮から叩き出されたんですか?」
「なんで、みんなそうなるのよ……調査よ調査。別に終わったら戻ってくるわ」
「本当に戻ってくるんですよね? いやですよ。二度と帰ってこないとかそういうのは……」
いつもの冗談かとも思ったが、怜菜の表情は真剣そのものであった。
「怜菜……大丈夫よ。ちゃんと帰ってくるつもりだから……それとも、一緒についてくる? 一人じゃ心細いし、私個人の問題になっちゃうんだけど」
「えっ? でも、行くってどこへですか?」
アンジェルのすぐ目の前に怜菜が顔くる。
アンジェルは怜菜の体を向こうへ押し戻す。
「いや、やっぱりいいわ。私一人で行った方がいいだろうし」
「なんですか。もう。変な期待を持たせたりして」
「そもそも、あなたは新聞記者という仕事があるでしょ?」
「まぁそうですけれど……」
怜菜はどこか不満そうだった。
しかしだ。彼女のことだから、迷宮に行くと言ったら反対するだろう。彼女は迷宮は危険なところだといっていた。それ以上に魔族というものに対して人並み以上に警戒しているところがあるようだ。
理由は詳しくわからない。
この世界に来てから何かがあったのかもしれないし、こちらに来る前……ニホンでの出来事が影響しているのかもしれない。
どちらにしても彼女には行先を告げずに行った方がいいのではないかと思えてしまったのだ。
「そうですか……まぁ図書館の仕事では新聞記者にぺらぺらとしゃべるわけにもいかないでしょうし、仕方ないですね。まぁがんばってください。そうだ。せっかくですから、いい道具屋を紹介しますよ。ちょうど、紹介状もありますし」
「ほんと? ありがとう怜菜」
何かを察したのか、単なる気まぐれか。怜菜は、懐から道具屋の紹介状を出した。
アンジェルは、それを受け取ると怜菜の手をつかんでぎゅっと握手をする。
「本当にありがとう。助かったわ」
「いえいえ、気にしないで下さいよ。いつも取材の時にはお世話になっていますし」
そういう、怜菜の顔はどこかさびしげな表情を浮かべていた。
アンジェルは、彼女の手から紹介状を受け取ると席を立った。
「怜菜。さよならなんていうつもりはないわ。また会いましょう」
「えぇ。そうですね。辛気臭くなってるのも私たちらしくないですし!」
「辛気臭かったのはあなたでしょう? まぁいいわ。ありがとう」
アンジェルは紹介状を持って喫茶店を出て行った。
その背中を見送った怜菜は、ようやく出てきたレモンティーをゆっくりと楽しんだ後、店の外に出る。
「楽しみですね。迷宮に行ったアンジェルがどんなふうになって帰ってくるか……」
怜菜のつぶやきは祭りが盛り上がってきたことによる雑踏の中にかき消されていった。




