第百四十四話 観測者再び
翌日。
アンジェルはいつも通りに本の整理をしていた。
そんな時、突如として人の気配を感じた。
突然、現れる人物としてはナタリーがいるが、それとはまた違う気配だ。そう。前に一回だけあったことがある人物だ……
「久しぶりね」
恐怖からくるものかわからないが、言葉を失っているアンジェルに対して、その人物……観測者アルドンサ・マリ・モンテジョルは悠々とした態度でアンジェルの方へと歩み寄ってきた。
「あら、そんなに会いたかったのかしら? それともその逆? まぁそんなに固くならなくてもいいわ。ちょっと、あなたに興味がわいてきたところだから……殺したりはしないわ」
アルドンサは、アンジェルすぐ背後まで来た。
「でも、迷宮に行くのなら気をつけなさい。いろいろと大変でしょうからね……でも、こんなところにいるよりもあなたにとってはずっといいわ。人というのは、誰でも何かしらの魔法が使えるの。あなたみたいに図書館で本をあっちこっちとせわしく移動させるだけでは到底、使えるようにならないでしょうけど……迷宮に行けば少しぐらい変わるかもね」
そして、彼女はアンジェルの耳元へささやくように語りかけた。
「ただし、その後に元の日常に戻れるかどうかは保証しないけどね。やって失敗することとやる前に諦めることでは、あきらめる方が悪いとされるけれど、時には自分の身の安全というものを考えることをお勧めするわ。まぁ私には関係ないけどね」
彼女はクスクスと笑いながらアンジェルの顔を覗き込む。
「いい顔ね。本当にい顔だわ……そうね。私は預言者じゃないから確実なことは言えないけれど、あなたは迷宮で今後の人生にかかわってくるものを手に入れるわ。それは形があるものとは限らないけれど……さて、そこであなたはそれをどうするのかしらね?」
「……いい加減にしてください」
恐怖で縮こまっていたアンジェルであったが、いつの間にかそんなことを口にしていた。
恐怖からくる感覚のマヒなのか、さんざんバカにされたからなのかは知らないが、そういう風に口が動いていたのだ。
「あら、まともにしゃべったと思ったらそれ? 情けないわね……もう少しまともにふるまえないのかしら。ニンゲン風情が」
「私は、私自身もう何がしたいのかわからない。最初に依頼を受けた館長の調査をすればいいのか、あなたのたくらみを追えばいいのか、先代勇者を探せばいいのか……私自身にもわからない。でも、司書長に言われたんです。迷ったのなら、今やっていることをちゃんとやり切れって……だから、私は迷宮に行きます。たとえ、誰に何を言われようと……それに、あなただって元はただのどこにでもいるような人間だったんじゃないの? 人を捨てればそんなに偉くなれるの?」
アルドンサは、笑うのをやめ無表情でアンジェルを見下ろした。
そんな彼女の身体からはまともな戦闘経験がないアンジェルですらわかるほど異常な殺気が放たれている。
自身の本能が今すぐに逃げろと警戒を発しているがアンジェルは引くことはなかった。
「お前に私の何がわかる!」
「わからないですよ。どうして、あなたが私に興味を持ったのか、そもそもどうして目がつけられたのか、なぜあなたが観測者になったのか、なぜ、迷宮行きを阻止しようとするのか……わかりません。でも、これだけは言えます。私は私です。ときには迷うけど、私は私のやりたいことをやります」
アルドンサは、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべながら、アンジェルに背を向けた。
「いいわ。だったら、勝手になさい。警告はしてあげたつもりよ。今後、なにがあっても後悔しないと決めたなら、勝手にそう生きなさい。ただ、私はいつもあなたたち人類のことを観測しているから、気紛れであなたのところに現れるかもしれないけどね」
そういうと、アルドンサは無数の光になって霧散していった。
アンジェルは肩の力が抜けたようにその場にへなへなと座り込んでしまった。
「……あの子相手にあれほど言うなんて、大したものね」
その瞬間に背後から声がした。
「えっ館長! 聞いていたんですか?」
「えぇ一応、最初から。やばくなったら、図書館内で殺人事件が起こる前に止めようと思っていたんだけど、その心配は無用なようね」
図書館館長マリーは、淡々と話しながらアンジェルに手を差し伸べた。
「それと、迷宮に行きたいんだったら、少しぐらい勉強しなさい。知識もなしに行くのはほとんど自殺行為に等しいわ。明日から休みにしてあげるし、迷宮に関する本の閲覧を許可するわ。だから、ちゃんと準備をしてから出発しなさい」
「……よろしいんですか?」
「えぇ。よろしいも何も先代勇者の捜索は私の中では重要事項なのよ。目的はともかくとしてね」
そういうと、彼女は魔法を使ってその場から姿を消す。
アンジェルは、彼女が立っていたほうに向けて深く深く礼をした。




