第百四十一話 王都の外
記憶が正しければ、今歩いている通りを行くとまもなく王都の外に出るはずだ。
あの露店の店主は、この通りをまっすぐと進んでいったといっていた。
しかし、実際はどこかでまがった可能性もある。
だが、彼女はそうはしないだろう。
アンジェルの予測だと彼女は王都の外を目指していたはずだ。宿屋で一泊したとかそんなあては外れてしまったが、野宿覚悟で行けば、最後に目撃された時間からすぐにこっちに向かったのだとしても翌日には隣町につく。
そもそも彼女は先代勇者であり、近衛兵隊長だ。
別に野宿ができないというわけではないだろう。
確証はないが、そう思ったのだ。
*
王都と外を隔てている門をくぐると、そこからは急に建物がなくなりはるか遠くまで農地が広がる。
畑をまっすぐと突っ切るように伸びる街道には人影はまばらだ。
よく目を凝らすと、向こうの方に小さく隣の町があり、さらに向こうには巨大な森……森の迷宮が見えた。
「もしかして……」
この方向にあり、身を隠すにはちょうどいい場所……それは、森の迷宮ではないだろうか?
そもそも、魔王城に行くためには必ず森の迷宮を通る必要がある。実のところ、魔王城の場所は勇者には教えられないため、そこにたどり着けるかどうかは運に頼るところが大きい。
現に先代勇者は、王都を出るなり船を買い取り南部の海から島の方へと渡っている。
当然、魔族領側の島に上陸した勇者は魔王の配下と戦闘となるが、そこには魔王の姿はなく完全に空振りとなってしまった。
そういった意味では今代勇者は運がいいのだろう。
何を考えての行動か知らないが、彼女はまっすぐと森の迷宮の方向へと向かったのだ。
実際、かなりの時間を迷宮の中で過ごしていたようだが……
「でも、彼女なら多少なら迷宮のことがわかってるはず……となれば、ちょっと厄介かもしれないわね」
別に森の迷宮に入るために特別な許可がいるというわけではないのだが、中に入るとなるとそれなりの準備がいるだろう。
そうなると、ちょっとした休日を利用してというわけにもいかなくなる。
迷宮の調査という名目で長期休暇でもとるといいだろうか?
そんなことを考えながらアンジェルは、広大な農地に背を向けて王都へ向けて歩き出した。
「……そこの御仁。王宮の者と見た」
どうやら声の主は王都の入り口となっている門にもたれかかるようにして立っている男性のようだ。
その恰好から見て旅人だろうか?
「だとしたら、どうしますか?」
実をいうと、アンジェルが来ている服の右腕には王宮に出入りできることを示す印が刺しゅうされている。
それが、王宮に出入りするために必要なものだと王宮関係者を除けばごくわずかだ。
この印が服に入っていないと王宮に入れないため、王宮で働く人間の服には必ずどこかにその印を刺しゅうする決まりになっているのだ。
それを偽造されては、困るのでそのことは非公表となっているのだ。
「……その服の刺しゅう、相変わらずのようだな」
「誰ですか?」
「まぁ元王宮関係者といったところだ。何、偶然見かけたから声をかけたままで、何かをしようとしてるわけではないから、安心するがよい。それでは、またどこかで会うたら少し話に付き合ってもらうぞ」
男性は、門を離れて王都の方へ歩き出す。
「ちょっと!」
アンジェルが声をかけるが、男性は王都の人ごみの中に消えて行ってしまった。
「なんだっていうのよ……」
わけがわからない。
アンジェルは、男性のことを考えてみるが、どこかで見たことがあるというわけではない。だが、あの口ぶりからして元王宮関係者なのだろう。
「って、もうこんな時間じゃない!」
このままゆっくりしていては、夕食の時間に間に合いそうにない。
仕方ないから、どこかの店に入って食べようか……
小さくため息をついたアンジェルもまた、王都の人ごみの中に消えて行った。




