第百三十九話 宿屋の主人
王都の中でも宿屋が多く立ち並ぶ通りでは、まもなく王都で催される祭りを一目見ようと各地から集まった旅人でごった返していた。
アンジェルは、その人ごみをかき分けるようにして目的の場所を目指していた。
日が落ちるにつれて、徐々に旅人達は宿に吸い込まれていき、歩きやすくなってくる。
ちょうどそんなとき、やっとの思いでアンジェルは目的の宿屋にたどり着いた。
この宿屋は、この場所が王都となる前から存在する数少ない老舗である。
これだけ言われると意味が分からないかもしれないが、実をいうと、かなり昔からこの国では国民が次々と王都へと流入しているという傾向があるのだ。
その理由に関しては諸説あるが、有名どころで行くと国境を接する魔族領からの脅威を常に感じているため、何が起きたわけでもなく防御が硬い王都へ集まる傾向があるのだとか、国としての政策が国民にあまり向いておらず、国の端の方には目が言っていないうえに王都周辺は、この国において一番農作がしやすい環境にあることから、自然と国民が集まってきているのだという説だ。
どちらにしても、つい数十年前までは王都のすぐ近くの町であったこの宿や周辺の村が現在では王都の一部になっているのだ。
その際に、このあたりは宿屋の区域に指定されほとんどの村民は、王都の他の地域に移住させられたのだという。
だからこそ、この宿屋は昔からそのままで残っている数少ない貴重な建物でもあるのだ。
「シアン! いる?」
客の入りがひと段落ついたのか、ここだけ人気がないのか知らないが、外に比べて人がまばらな入り口付近で声を上げると、奥からこの宿の主人である男性が姿を現した。
「おやおや、誰かと思えばアンジェルちゃんかい! こんな時期に珍しいね。どうしたんだい?」
「まぁちょっとね。今、時間大丈夫?」
見るからに暇そうなのだから、別に大丈夫だろうが、一応聞いておいた方がいいだろう。
しかし、そんな心配などいらないといわんばかりにシアンは笑い声をあげた。
「全然問題ないよ。予約だけでいや満室だが、部屋数はそんなに多くないからな」
「そっか。相変わらずって感じだね……そうそう、今日はちょっと頼みがあってきたの」
「ほう。珍しいね」
シアンは眉を少し上げた。
まぁそうであろう。基本的に大体の問題は王宮内で解決してしまう。それがたとえプライベートな問題でもだ。
しかし、今回ばかりは少し話が違うのだ。だが、それを諭されるわけにはいかない。
「まぁね。ちょっと、王宮でやると嫌でも大事になるときがあるでしょ? そうなると、みんなに迷惑をかけちゃうからさ」
「そうか。まぁいいや。話を聞かせてもらっていい?」
彼に聞かれると、アンジェルは多少のウソを交えながら銀髪の少女を探しているという話をした。
最初、静かに聞いていたシアンであったが、アンジェルの話が終わったとたんに気難しそうな顔を浮かべて口を開いた。
「……話を聞く限り、単なる人探しだ。そして、この宿にはそんな客が来たことはない。まぁ周りの宿屋にも聞いてみるが、難しいかもしれぞ」
「そうか……やっぱりそうなのかな?」
「あぁまぁやるだけやってみるさ」
そう言って、笑顔を浮かべたとき、シアンは入り口の方を見てあるものに気づいたようだ。
「おう、すまんな客が来たようだ」
シアンはその場から離れて、いらっしゃいませとその客に声をかける。
ふと、アンジェルがその人物の顔を見るとどこかで見覚えのあるような二人であった。
少し天井を見上げて考えていると、誰かの視線を感じる。
今一度、彼らの方を見ると小さな女の子がこちらをじっと見つめていた。
ここにきて、アンジェルはようやく新日新聞への行き方を聞いてきた二人だと思い当たった。
それを思い出した途端、アンジェルはなんとなく居心地が悪くなり、その場から足早に立ち去って行った。




