第百二十八話 柴のたくらみ
先代勇者セリア。その名前を聞いた瞬間に場が凍りつくのを感じた。
深刻そうな表情を浮かべるナタリーの横でアンジェルは黒髪の兄妹について思案していた。
仮に彼らがマリーの手の者だったら、先代勇者を探す目的とはなんなのだろうか?
そんなものは決まっている。
マリーにとって都合の悪いことを知っているであろう先代勇者の排除。そんなところだろうか?
「だとしたら……」
「大切なのは相手より早く先代勇者の身柄を抑えること。ただそれだけだ」
柴の表情は至って真剣だった。
先代勇者の失踪は、あまり表向きには公表されていない事実だ。
事の始まりは、今から約1カ月ほど前。
いつも通り、街中をパトロールいていた先代勇者が時間になっても帰ってこなかったことが始まりだ。
最初は誰もが、面倒事に首を突っ込んでいるんだろうという程度に考えていたのだが、彼女が帰ってこない日が二日三日と続くとさすがに話が変わってくる。
国はすぐに捜索隊を派遣し、王都内及びその周辺をくまなく捜索したが、彼女を連れ戻すことはかなわなかった。
彼女に接触した人物によると、何やら彼女はおびえた様子で声をかけた近衛兵を突き飛ばして逃走したのだという。
この一件を受け、国は方針を変更。脱走兵として、手配する運びとなった。
しかし、国防の要ともいえる彼女がそのような事態であると悟らせないために表向きには彼女は長期任務中だということになっている。
「でも、先代勇者はかなりの実力の持ち主ですよー勝算あってのことですか?」
「……勝算はない。だから、私たちがすべきことは、彼女を見つけ交渉し保護すること。ただそれだけだ」
そういうと柴は、立ち上がる。
「それでだ……二人に聞く。協力してくれるか?」
アンジェルとナタリーはお互いの顔を見て、思案する。
それが数分続いた後、先に返事をしたのはアンジェルだった。
「……協力するわ」
それを見たナタリーは小さくため息をつく。
「まぁ確かにここまで聞いちゃうと引くに引けないですしねー」
「それでは、二人とも協力していただけるんですね。ただ、今すぐ動くのはよした方がいい。相手は、神に匹敵する記録者なのだから」
「えぇ」
「わかってますよー」
二人の返事を聞いた柴は、満足げな笑みを浮かべて退室していった。
今にして思えば、彼女の様子がおかしいだとか、話の内容だったりにこじつけ感があったりと不自然な点がたくさんあるという事実に気づけなかったのだろうとすら思えてしまうのだ。
*
「はぁ一仕事終わりって感じかな」
「おやおや、また何か企んでらっしゃるようで」
柴はカウンター席に座り、コーヒーを注文する。
「にしてもマスターも物好きだよな。まさか、二度異世界に飛ばされて二度とも喫茶店を開くなんて……」
「えぇ。まぁどうやら、こっちは前の世界とは違って0と1の二進数で構成された世界ですけれどもね」
「いや、暮らしてる人間には関係のない話さ。ほとんどの住民は自分で意志を持って生活している。古臭いRPGみたく一人の住民に対して“ここは、何とかという町です”というセリフしかない世界とはわけが違う」
柴の前にコーヒーが出される。
マスターは、カップを拭きながら柴との会話を続けた。
「まぁそうですけどね……」
「あぁそれだけでも、あいつの……一葉の理想にかなり近づいているはずなんだ。でも、彼女はまだ何かをしようとしている。この世界……Original World onlineにはまだ、私たちですら知らないヒミツがある。この世界は、はっきり言って一葉の理想郷と言っても過言じゃない。だから、何をやろうと彼女の掌の上……でも、それじゃつまらない。だから、私はあえて彼女のやり方に逆らってみることにする。彼女が造り出した観測者、記録者、預言者の三つの組織で世界が動く仕組みを改変する。そのためには、先代勇者を確保する必要がある。ただそれだけの話だ」
柴はコーヒーの代金をカウンターに置いて立ち上がった。
「どうぞ、またのお越しをお待ちしていますよ」
店主のそんな声を聴きながら、柴は喫茶店を後にした。




