第百二十七話 柴の考え
「この資料は、ある作家が書き記したこの国の歴史だ。怜菜同様、真実を世の中に伝えることを使命としているような人が書いたものなんだが、少し気になることがある」
柴に渡された資料を読むと、なんだか違和感があるように感じた。
ここに書き記されているのは、確かにこの国の歴史なのかもしれないが、微妙に違うと思えてならないのだ。
「二人とも、多少なりとも違和感を覚えたと思うけれど、その資料に書かれていることはマリーが書いた歴史とは若干違っている。でも、世の中の大半の人にこれを見せても十人中十人がマリーの歴史書が正しいと答える……たとえ、どんな人物が書いたとしてもだ。おかしいとは思わないか? マリーに話して見ても、自分の歴史は絶対だといって検証すらしない。たとえ、それが先代館長が書いたものだとしてもだ」
「つまり……何が言いたいの?」
アンジェルは頭の中が混線し、柴の話をうまく整理できていなかった。
マリーはアンジェルのあこがれの人物だ。確かにあの写真で交友関係を怪しんだりしたが、それだけだ。
図書館の奥で静かに本を読む姿にひかれて図書館の司書になったのだ。
歴史書をかいているという事実を知ったのは、司書になった後なのだが、それもまた、マリーに強くひかれた理由の一つであった。
「つまり、マリーは歴史を偽造している。私の予想では、マリーは記録者だ。だから、なにをかこうとそれが真実になり史実になる。私はそう思っている」
「いや、でもそれって……」
「館長に敵対するってことですか? それはーかなーり厳しーと思いますよ。それだけでも厄介なのに観測者ともつながってるからねー」
アンジェルの言葉をさえぎって前のめりの姿勢でナタリーが口を開く。
「そうだ」
柴は、まっすぐとナタリーの目を見ながらそれを肯定した。
その瞬間、ナタリーの雰囲気が一変する。
「あまり思い上がらないことね。この世界のことを大して知らない異世界人がいっちょ前のことを言うものではないわ。仮にそうだとして、どうするの? 私たちの身分は、館長の権限によって保たれているのよ。真実っていうのは知っていいものと知らなくてもいいものがある。あなたは、自らの地位を脅かすような真実を自ら暴きに行こうっていうの?」
「その言い分はもっともだと思います。しかし、それでも真実を暴きたいと思ってしまうのは単なる思い上がりですか? 単なる子供のわがままですか? 確かに残酷な真実がある。隠されるべき真実がある。それは、日本においても同じです。でも、それでも、真実を暴こうとする。時に悪と呼ばれようが、そのせいで命を狙われようが同様です。この世界にも、そんな人たちがたくさんいるはずです。あなたは、その人たちを単なるガキだというですか? 思い上がりの激しい集団だというんですか?」
いつも冷静な柴が取り乱しているのを見て、アンジェルは言葉を失ってしまった。
しかし、対するナタリーは至極冷静に答えを返す。
「そうですか。それがあなたの言い分だと……でも、この世界において王宮図書館で作られた史実はたとえ、それが虚偽や妄想であろうとも真実となり事実となる。もし、館長が記録者であればなおさらにそう。そういった資料の内容をいじれないのかもしれないけれど、人々の記憶は完全に掌握されている。私たちに勝ち目なんてない」
ほとんどあきらめたような表情で説得を試みるナタリーだったが、柴は希望を捨ててなかった。
「いや、勝ち目はある。世界には観測者や記録者の干渉を一切受け付けにない人物がいる。その人物にさえ接触できれば、史実を確かめられるはずだ」
「でも、それって誰なの?」
アンジェルが問いかけると、柴は一つ息を吐いてから答えた。
「先代勇者セリア。彼女が何かしらのカギを握っていると思っている」
柴の言葉を聞いたとき、アンジェルの頭の中で昼間、先代勇者と特徴が一致する容姿の人物を探していた黒髪の兄妹の姿が頭の中をよぎって行った。




