第百二十六話 夜中の喫茶店
アンジェルとナタリーは柴の後について歩いていた。
「ねぇ柴。どこまで行くの?」
「私もー行先ぐらいは気になるなーって思うけど、ダメ?」
「ダメです。おとなしくついてきてください」
柴は、ずんずんと静まり返った王都を歩く。
昼間は活気があふれていたのだが、皆が寝静まった時間だからかとても静かだった。
「……こっちです」
柴は、ある喫茶店の前で立ち止まって手招きををした。
その店は、真夜中にも関わらず煌々と明かりをともしていて、扉には“営業中”という札がかかっていた。
「ここは?」
「話は中で。入って」
柴は、店の扉を開けて中に入って行った。
その後について中に入っていくと、店の中は意外とこぎれいにまとまっていて、どことなく不思議な雰囲気があった。
店主の趣味だろうか? 床や壁は全体的に木目調で窓際や机の上には見たこともないような小物が置いてあった。
「いらっしゃい。おや、紫川さん。今夜はお客さんと一緒ですか?」
全員が店の中に入るタイミングを見計らっていたかのように店主と思われる老人が姿を現した。
彼は、柴を見て深々と頭を下げると、アンジェルとナタリーを見た。
「えぇ。そうよ。王宮図書館司書長のナタリーとその部下のアンジェル」
「王宮図書館司書長ナタリーでーす。よろしくお願いしまーす」
「始めまして、同じく司書のアンジェルです」
二人が順に頭を下げる。
「ご丁寧にどうも。このしがない喫茶店の店主をさせていただいているものです。マスターとでもお呼びください」
「こちらこそよろしくお願いします」
互いに握手を交わす。
「ゆっくりと語らいたいところだが、今日は少し急ぎだ。奥、空いているか?」
「はい。開けております。ゆっくりとどうぞ」
柴が真っ先に歩きだし、アンジェルとナタリーがそれに続いた。
店主がゆっくりと頭を下げて、三人の背中を見送った。
*
一見したところとても狭かったのだが、奥は意外と複雑で広かった。
「なんなんですか? このお店……」
「そうだな。簡単に言えば、密約だとか表向きにはできない取引とかそんな言葉がぴったりな話をするのにうってつけの場所だ。結界が張ってあって部屋の中に入っていしまえば外に声が漏れることはない。だから、この場所で数々の歴史や事件が動いている。いわゆる裏世界の玄関口みたいなものだな」
柴は、平然とした顔でそんなことを言いながら、空いている部屋に入る。
こんな説明を聞いたうえで見ると、部屋がいくつか埋まっているという事実が恐ろしくも感じてしまう。
「早く入りなさい」
「はい」
なんだか、柴が怜菜を連れてこなかった理由がわかってしまった気がする。
彼女がこんなところに来れば、片っ端から店を出入りする人間を調べ上げて色々と調べかねない。
「それにしても、こんなところで何の話です? わざわざ、こんなところで話すなんて」
「そうですねー普通に話せないなんて、相当やばい話なんですか?」
二人が問いかけるが、柴はただただ深刻な顔を浮かべるだけでなかなか口を開かなかった。
そんな調子で数分ほどの沈黙……感覚的には何十分かと思えるほどの重い沈黙の後、柴が口を開いた。
「……呼んだ理由は簡単だ。アルドンサ・マリ・モンテジョルのことだ」
「アルドンサって……あの観測者?」
アンジェルの問いに柴は小さくうなづいた。
「私も直接、あいつにあったことはないんだが、今日ことの顛末をマリーから聞いたのよ。あいつを相手によく助かったな」
「はい。まぁ助けられたというのが正確ですけれど……」
「いや、その実そうじゃない。あいつが本気になれば、存在を認識する前に消し炭だ」
あまり信じたくはないが、事実だ。
鬼ごっこと称して自分を追い回していた彼女の姿を思い出すと、恐怖で背筋が凍った。
「それでだ。提案がある」
柴は二人を前に数枚の資料を置いた。




