第百二十三話 鬼ごっこ(前編)
結局、調査はするものの仕事はしっかりするようにと言われてしまったので、アンジェルはいつも通りの仕事に戻っていた。
この図書館の司書の仕事というのは、大きく分けて二つある。
一つは、図書館内の蔵書の整理。一日のほとんどがそれに費やされる。
ただ、利用者が少ないため、そんなに散らかって大変だということはない。なので、大抵は毎日のように大量に届く本をどこに配置するか検討するのと、マリーの命令で彼女のところへ本を持っていったり、逆に片づけたりというのが大半である。どちらかというと、前者が多いのだが……
「でも、調査するっていったて、どうする気だろう……」
マリーしか知らないお客さんとなると、来ていたとしても、それなりに人払いをしているはずだ。
だが、ここで一つある点に気が付いてしまった。
確かに、彼女は写真を撮り現像したといってたが、あれはいつの画像なのかと。
本来なら、その時期はとても重要なはずなのだが、彼女は一切それを話さなかった。それに写真を見せはしたが、その時の状況を話していないのだ。まるで、その必要がないと本能的に捨て去ってしまったように……
「まさか!」
そこまで来て、ある本の一文を思い出してしまったのだ。
*
世界には神を目指す三つの人々の集まりがある。
一つは預言者。未来の出来事を観測し、予知する。自らが望む未来を書き換えることができる。
次に記録者。過去の出来事を観測し、記録する。記録者が記録した歴史は内容が虚偽のものであったとしても真実となる。
最後に観測者。今現在起こっている出来事を観測し、傍観する。記録者が記録する前であればその出来事を修正することができる。
これらみな、天界に昇り不老不死なり
*
仮にあの文章が本当だとすれば、彼女は王宮図書館を訪れるたびに司書とあったという歴史を修正しているのではないか。
そうだとすれば、誰も覚えていないことに納得がいく。
「ちょっと待って、そうだとすれば……」
「会えたところで、覚えていない……そうよね。所詮、あなたはただのニンゲン。記録者ではないもの」
後ろから聞き覚えのない冷たい声がした。
振り向こうとするが、肩に小さな手が置かれたとたん、金縛りにでもあったかのように動けなくなってしまった。
「そんなに怖がらなくてもいいのよ……クスクスクス。面白いわね……あなた」
姿こそ見えていないが、アンジェルはある種の直感のようなもので感じていた。今、私に話しかけている人物こそ観測者だと。
「見ていたんですか?」
「見ていたも何も、世界を傍観するのが私たちの役目だから。まぁどこぞの記録者同様に自分の都合に合わせて歴史の修正をしたりするんだけどね……偶然にも私は暇なの。少し遊んでくれないかしら?」
彼女がそういうと、突然、金縛りがとけてアンジェルはバランスを崩してしまった。
後ろからトンと押されて、そのまま前のめりに倒れてしまう。
「……そんなに早く転んじゃ楽しくないじゃない。私たちにとって一番の敵は暇であること。信仰がなければ神は力を失う。そして、神以外の天界の住民の敵は永劫の時を生きるが故の飽きと暇。それは、私たちを殺す毒となる。さぁあなたは、どれぐらい楽しませてくれるのかしら?」
これはまずい。
そう感じた、アンジェルが勢いよく起き上がると、目の前に悪列な笑みを浮かべた少女が浮いていた。
彼女の周りには、いつの間にかたくさんの人形があり、それらは何かしらの武器を持っていた。
「いっいや……」
アンジェルは、恐怖のあまりずるずると後ろに後ずさっていく。
「あら? 戦う前からそんな風に逃げるなんて……もしかして、鬼ごっこかしら? いいわね。暇つぶしにはもってこいじゃない。コソコソと観測者のことを探ろうとしたこと、せいぜい後悔することね」
アンジェルは、落としてしまった本を拾うことなく一目散に走り出す。
「さて、楽しい鬼ごっこと行きましょう」
こうして、広大な大図書館を舞台にした命がけの鬼ごっこが始まった。




